第2話




「殿下ぁ、ひどいんですよぉ。ユージェニー様が……あ、先ほどお名前を呼ぶ許可をいただいております。ユージェニー様が、私を階段から突き落としたんですぅ」


 アリス嬢はそう訴える。一瞬だけ口調が変わった気がしたが?


「ユージェニー、これはいったい……」

「わたくし、そんなことしておりません!」


 ユージェニーがきっと目を潤ませて叫んだ。


「カンバス男爵令嬢が勝手に落ちたのです! 階段の一段目から!」

「一段目から?」

「一段目からです!」


 階段の一段目から落ちたのなら、怪我がないのも頷ける。いや、一段目なら「落ちた」じゃなくて「踏み外した」って言わないか?


「嘘です! ユージェニー様は階段の一段目に足をかけた私を冷たい目で見下ろして、「殿下に近づかないでちょうだい、この女狐!」って言って私を突き落としたんです! 階段の三段目に立って!」

「三段目に立って?」

「三段目に立ってです!」


 確かに、さっきから気になっていたんだ。突き落としたと言われているのに、ユージェニーが立っているのが階段の上ではなく三段目だったから。


「まったく恐ろしい……こんな方は殿下の婚約者にふさわしくない!」


 おい、何を言い出すんだケイン。


「殿下の婚約者にはもっと美しく品のある令嬢がふさわしいでしょう!」


 ジュリアン? 「ユージェニー様のお美しさは月の女神のようです。殿下の目を盗んでユージェニー様に話しかけて微笑んでいただくのが一日の楽しみですよ」と漏らして私にしばき倒されたのを忘れたのか?


「法廷で会いましょう!」


 だから法廷では会えねえんだよニコラス。


「あなた達……わたくしに無実の罪を着せて殿下に婚約を破棄させわたくしを国外追放させるつもりなのでしょう!? ざまぁ小説みたいに!ざまぁ小説みたいに!」


 ユージェニー?どうした?

 ざまぁ小説ってなんだ? いや、それよりも、何があろうと王太子の婚約者である公爵令嬢を国外追放なんて出来る訳ないだろう。


「そっちこそ、国外追放されてもチート能力で悠々自適にスローライフしたり、評判が悪いはずなのに実は超美形だった辺境伯とかお忍びの隣国の皇太子とかに助けられて結婚を申し込まれて、男爵令嬢にだまされて公爵令嬢を追い出した間抜けな国が落ちぶれて王太子殿下が「私はだまされていた!婚約者に戻ってくれ!」と言って迎えにきたら「もう遅い」って言ってなろうのランキングに載るつもりなんでしょう!? ざまぁ小説みたいに!ざまぁ小説みたいに!」


 だからざまぁ小説って何なんだ? アリス嬢はいったい何を言っているんだ?


「幼い頃に決められた婚約者であるわたくしを疎んじる殿下に寄り添って、「政略結婚なんてひどいですぅ。私は殿下には真実の愛を知って幸せになってほしいのにぃ」と訴えて涙を流すおつもりなのね!? そして卒業パーティーで私を差し置いて殿下にエスコートされて「私は真実の愛を知った! お前との婚約を破棄する!」と殿下に宣言させて私を断罪するつもりでしょう!?」


 ユージェニー!? 私はお前を疎んじたことなど一度もないぞ!?

 なんでそんな話になった!?


「あははっ! そんな卒業パーティーを台無しにするような真似するはずがないでしょう! 私のような男爵家の娘が大事な卒業パーティーを台無しにしたりしたら、子息子女の卒業を楽しみにしていた貴族の方々からさぞかし恨まれてしまいますわ! 第一、私などをエスコートしようとしたら殿下は会場の前で衛兵に止められますわ!」


「まったくです! 学園内ならともかく、男爵家の者が公式の場で国王陛下の許可なく王太子殿下に触れることなど出来る訳がないでしょう!」


「その前に、殿下からのお迎えがなかった時点で公爵が異変を察知して国王陛下に問い合わせるでしょう! ユージェニー様をおひとりで会場入りさせる訳がない!」


 ユージェニーのあり得ない想像を即座に否定する三人。


「法廷で会いましょう!」


 だから法廷ではユージェニーに会えねぇんだよニコラス。



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