第10話

 サスケは寝返りをうち、自分の腕を枕がわりにして、しばらく考え込んだ。


 サスケ一人だと寂しいか?

 ソフィアが消えたら悲しいか?

 そんなの決まっているじゃねえか。


「ソフィーが元の世界に帰っても、そんなに悲しくないな。余計な心配してんじゃねえよ」

「な〜ん〜じゃ〜と〜!」


 細い指が伸びてきて、サスケの脇をこちょこちょしてきた。


 だよな……。

 怒るのは当然か。


 あと、こそばゆい。

 いや、ホント、死ぬから。


「寂しいのは私だけなのですか? サスケは痛くもかゆくもないのですか?」

「そりゃね、ソフィーがいた方が楽しいよ。でもなぁ〜」


 向こうの世界はどうだ?

 ソフィアの身内がいるんじゃないの?


 娘の身を案じる親とか。

 帰りを待つ友人とか。


 こっちの世界にソフィアを何日も留め置くということ。

 それはソフィアが彼らと過ごす時間を奪うことじゃないだろうか。


 ぶっちゃけ、ヴァンパイアの寿命は知らない。

 実は7,000年くらいあって、1日の価値なんて、ゴミみたい感覚かもしれない。


 でもなぁ……。

 価値を決めるのはサスケじゃない。


「冷静に考えてみなよ。俺はもう10年以上も一人で暮らしているんだぜ。むしろ、孤独なのが普通なんだよ」

「むぐぐ……」


 これが理由の半分。


「それにな、俺くらい人間社会で揉まれていると、向こうの立場ってやつを尊重したくなるんだよ」

「ああっ! もうっ! 素直じゃないのですから!」

「やめろって……むぐぅ……」


 怒ったソフィアが馬乗りになってきた。


 無理すると折れちゃいそうな細腕。

 なのにプロレスラーみたいな怪力でサスケの体を押さえつけてくる。


「私は一言いってほしいのです!」

「おい、落ち着けって」

「ソフィーがいないと悲しくなる、というセリフが聞きたいのです!」

「わがままだな、本当に」


 サスケはやれやれと首を振り、ソフィアの体を抱きしめた。


 ほんのり甘い香りがする。

 人間よりも温かい体温が伝わってくる。


 白玉みたいな肌も。

 シルクみたいな髪も。

 しばらく女性を知らないサスケの心をリラックスさせてくれる。


 そりゃ、離したくないさ。

 ずっと近くに置いておきたい。

 でも人間、30歳を過ぎると、本心に逆らうのが得意になるんだよ。


「ソフィー、俺は君のことが好きだ。出会った夜から一目惚ひとめぼれしている。別れる日のとこを想像すると、胸が張り裂けちゃいそうだぜ」


 サスケの腕の中で、ソフィアが一回うなずいた。


「だから、あと3日くらいしたら帰れよ」

「なっ⁉︎」

「あんまり長居するようだと、食費の一部を負担してもらうからな」

「にっ⁉︎」

「それにソフィーは吸血鬼なんだ。地球上だと、伝説の生き物なんだよ」


 こっちのマスコミに見つかったら?

 世間が大パニックにならないだろうか?


 サスケの家や職場にメディアが押しかけてくる。

 連日のように取材の申し込みがくる。

 そんな事態は避けたいところ。


「あ〜ん! そんなやつら、全員ぶっ飛ばしてやります!」

「やめろ。戦争になるから」

「ぬぐぅ〜」


 だからソフィアは帰るべき。

 こっちの秩序ちつじょが乱れる前に。


「わかったか? 俺に迷惑をかけるのは嫌だろう?」

「……はい」

「よしよし、良い子だ」

「……ぐすん」


 ようやく諦めたか。

 サスケが安心した、その数秒後。


「バカバカバカ〜! サスケは大バカなのじゃ〜! 私はエリート吸血鬼なんじゃぞ! そんな私が恥をしのんで、もう少しサスケの側にいてやる、と提案したんだぞ〜! そこは喜んで受けるべきだろうが〜! それがどうした⁉︎ 乙女のプライドを投げ捨てるどころか、ぐちゃぐちゃに踏みつけて、つばまで吐きかけてないか⁉︎ こんなひどい扱い、生まれて初めてなのじゃ〜!」


 出たよ。

 赤ちゃんソフィア。

 つ〜か、エリートなら、手足をバタバタさせるな。


「どうせ俺の血がほしいんだろう。帰ったら、俺の血を吸えなくなるもんな」

「それは数ある目的の一つなのじゃ〜!」

「否定はしないんだな?」

「うぐぅ……」


 ソフィアは完全にヘソを曲げたらしく、サスケに背中を向けて寝はじめた。


「もう知らん。3日後とはいわず、明日には帰ってやる」

「はいはい。ささやかな送別会を開いてやる。だから、勝手に帰るなよ」

「あ〜う〜。また悩ましい提案を……。やっぱり、帰るのは明後日にするか」

「明後日なのか? その次の日、俺は1日フリーなんだけどな。せっかくソフィーと1日遊べると思ったが、残念だな」

「そうなのか? 会社にいかなくても許されるのか?」

「いちおう、週休2日制がルールなのでね」


 守られているか怪しいルールだけどな。


「やっぱり、帰るのは3日後にする!」

「はいよ。それじゃ、計画を立てないとな」

「うふふ〜。楽しみなのです。2人の思い出をつくるのです」


 すっかりご機嫌になったソフィアが胸を押しつけてくる。


 まったく。

 本心に逆らうのも楽じゃないのに。


「なあ、ソフィー」

「なんです?」

「向こうに帰っても、時々遊びにきたらいいさ」

「はい、その時はお土産を持ってきますね。あ、でも、サスケにとっては、私の体がお土産みたいなものでしょうか」

「お前なぁ……」

「クスクス」


 向こうから指をからめてきたので、サスケは好きにさせてあげた。

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