第11話

 週末がやってきた。

 ソフィアと一緒に過ごせる、最初で最後の休日である。


 サスケは早起きした。

 たった3秒で布団から抜け出した。

 気分だけは遠足へ向かう小学生ってやつかな。


 あれ?

 ソフィアは?

 台所の方へいくと、トースターから香ばしい匂いが流れてくる。


 机の上にはコーヒーも。

 昨夜、放置しておいたとかじゃなくて、ホカホカと湯気が立ち昇っている。


「じゃ〜ん! どうです、サスケ! 似合いますか?」


 花柄のワンピースを着たソフィアがくるりと一回転する。


「ああ、とっても美しいよ」

「うふふ、もっとめてくれてもいいのですよ」


 サスケは、そうだな、と腕組みした。


「俺と結婚してくれ。かわいい嫁を、自分好みのファッションで着飾るという、新しい趣味に目覚めるから」

「いや〜ん! それ、プロポーズじゃないですか⁉︎」

「まあ、冗談だけどな」


 ぷっく〜。

 ソフィアが頬をふくらませる。

 ちくしょう、怒った顔もかわいい。


『お出かけする日の私の服装はサスケが選んでください』

 そう言われたときは、かなり戸惑った。


 女性物の服なんて詳しくない。

 もちろん、買ったことなんてない。


 それを本人に伝えたところ、

『サスケが一番好きな衣装でお出かけしたいのです!』

 といって一歩も退かなかった。


 ソフィアに似合いそうな服……。

 サスケが希望するファッション……。


 しばらく悩んだ末、花柄のワンピースという無難なチョイスに落ち着いたのだ。


 ところが、着せてみたらどうだ。

 似合っている、いや、似合いすぎている。

 このままファッション誌に載せたいくらいだ。


「ソフィー、本当にきれいだぞ。今日のソフィーは本当にかわいい」


 おいおい。

 なに照れてんだよ。

 ついセルフ突っ込みする。


「ば〜か、私は毎日かわいいぞ〜」


 腰に手を当てちゃって、キュートな牙を見せつけてくる。


 ドクン、ドクン、ドクン……。

 ペースを落とそうとしない心臓の鼓動がもどかしい。


 落ち着けよ、サスケ。

 向こうはヴァンパイアの貴族なんだぞ。

 そういう目で見るんじゃねえ。


 それにソフィアの五感は人間よりも優れている。

 サーモグラフィーの画面をのぞくみたいに、サスケの心情なんて、完ぺきに理解しているだろう。


 サスケは慌ててパンに食いついた。

 コーヒーを飲んでから、胸元をトントンする。


「ほら、さっさと出かけるぞ。向こうで遊べる時間が減るからな」

「は〜い!」


 身なりを整えて、カバンを持ち、アパートの駐車場へ向かった。

 ミニバンの助手席にはソフィアが、運転席にはサスケが乗り込む。


「車に乗るの、初めてです」

「そっか。基本、徒歩か飛行だもんな」

「はい! 楽しみです!」


 でもな〜。

 ソフィアが本気を出したら、目的地までひとっ飛びだよな。

 自動車の遅さに退屈しなけりゃいいのだが……。


 これから向かうのは隣県にあるテーマパーク。

 サスケはシートベルトを締めてから、携帯のナビゲーターに施設名を打ち込んだ。


 いざ、出発。

 1日デートの幕開けだ。


「風が気持ちいいのです!」


 ソフィアが窓を全開にして笑っている。


「窓から首を出すなよ。他の車やバイクにぶつかるから」

「安心してください。私の体はその程度じゃ壊れませんので」

「ソフィーが平気でも、向こうが怪我するんだよ」

「は〜い」


 精神レベルはお子様だよな。

 目を離さないよう気をつけないと。


「サスケ! 見てください! 前の車にワンちゃんが乗っています! しかも、3匹も! かわいい〜!」


 お人形みたいなプードルが3匹、舌をハァハァさせて、つぶらな瞳を向けてくる。


「あっはっは……家族でお出かけだな。公園でもいくのかな」

「私の方を見て、ニコニコしています。はぅ〜、一口でいいから、あの子たちの血を吸いたいです」

「おいおい、血を吸いたい、は禁句で頼むよ。周りがびっくりするから」

「は〜い」


 吸血鬼でも小さいペットに心を奪われるんだな。

 こういう発見、何気に楽しかったりする。


 交差点のところを、サスケたちは左折し、ワンちゃん軍団は直進していった。


「ばいば〜い!」


 ソフィアは無邪気に手を振っている。


 途中、大きな道の駅を見つけた。

 せっかくなのでトイレ休憩することに。


 ソフトクリームの売店がある。

 バニラ味をひとつ買ってソフィアに与えてみた。

 お気に召すといいのだが……。


「なんですか、これ⁉︎ びっくりするくらい美味びみです!」

「ソフトクリームだよ。初めてか?」

「これは神の食べ物です!」


 あっはっは。

 大げさだよな。


「それを食い終わったら、出発するぞ」

「は〜い」


 ぺろぺろぺろ。

 ちゅう、ちゅう。

 ねちょり、ねちょり。


 うっ……舌づかいがエロい。

 あと、色気あふれる流し目がたまらん。


 バカか、俺は。

 朝っぱらというのに。

 自分の太ももをギュッとつねって反省しておく。


「おい、ソフィー、わざとエロい食い方してないか?」

「どうしたのです? 気になるのですか?」

「まあ……ここには一般人もいるから」

「サスケのスケベ、えっち」

「お前なぁ……」

「冗談ですよ」

「おい」


 ソフィアは春風みたいにクスクスと笑った。

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