第9話

 いよいよお待ちかね。

 授乳タイムならぬ、授血じゅけつタイムがやってきた。


 ソフィアの目がキラーンと輝いている。

 頬っぺたがピンク色に染まっており、心なしか呼吸のペースも上がっている。


 もし尻尾がついていたら、左右に振りまくっているだろう。


「ほらよ」


 サスケは左腕を突き出した。

 風呂上がりなので、血管が膨らんでいるから、血を吸いやすいはず。


 目測を誤ってやり直し。

 そんなミスは避けたいしね。


「ではでは〜、いただきま〜す!」


 ソフィアは律儀りちぎに手を合わせてから、お気に入りポイントに牙を突き立てた。


 正直、吸血されるのは慣れない。


 自分の体の一部だったもの。

 それが女の子の体内に入っていく。

 しかも、血となり、肉となり、骨となる。

 文字に起こすとグロテスクであり、実際、サスケは食べられる側に回っているのだ。


 せめてもの安らぎといえるのは、ソフィアのとろけそうな顔つき。

 何回見ても飽きがこない。


「ぷは〜! とってもおいしいです! 今日はより一層おいしいのです!」

「そうなの? 日によって味が変わるの?」

「はい!」


 最近はストレスが少ない。

 睡眠と食事もしっかりとっているから、血もきれいなのだろう。

 と思いきや……。


「サスケさんの血から、わずかに香るお酒の香りが、たまりません」

「おい! 俺の血をブレンドするなよ!」


 そのためにビールを買ってきたの?

 いや、偶然の産物に決まっている、と信じたい。

 アルコールを混ぜたら味が良くなる、という発想はおもしろいけれども。


「今日も授血にご協力いただき、ありがとうございます。お注射が苦手なのに、痛みに耐えていただき、感謝しかありません」

「ああ……注射が苦手という話はウソだ。とっさに思いついた方便ほうべんだ」

「はっ? へっ? 方便というのは?」

「少しでも自分を高く売り込んだ方がいいだろう。悪いな、サラリーマンの良くないクセが出ちゃったらしい」

「なっ……なっ……ななななっ⁉︎」


 怒ったソフィアがポコポコと殴ってくる。

 少しも痛くないけれども。


「そうならそうと、早く教えてくださいよ!」

「だから、さっき教えた」

「私の良心、ものすご〜く痛むんですよ! 嫌がる人から血を分けてもらうの! 相手の人をショック死させたら、とか想像しちゃって!」


 ハムスターみたいなふくれっ面を向けられる。


「悪い、悪い、許せ」

「その言い方、本当に悪いと思っていないでしょう?」

「そうだな……」


 サスケは布団の上に正座した。


 これが土下座どげざの手本だ!

 というように限界まで頭を下げる。


「誠に申し訳ありませんでした!」

「あわわっ⁉︎ そんなに頭を下げないでください⁉︎」

「どうか許してくださいませ!」

「はい、許しますから!」


 ソフィアが軽いパニックになっている。


 へっへっへ。

 謝罪するのは得意なんだよ。

 サラリーマンの悲しいさがだけれども。


 和解したところで、部屋の電気をOFFにする。


「ほら、もう寝るぞ」

「え〜、もう寝ちゃうのですか?」

「起きていても仕方ないだろう。それに明日は早いんだよ」


 サスケの背中に柔らかいお肉が当たってきた。

 抗議するみたいに、ぷよん、ぷよん、と連続攻撃してくる。


「これから長い夜というのに。楽しいこと、たくさんしましょうよ。二人の思い出を残しましょう」

「アホか」

「あ、もしかして、赤ちゃんを残したかったですか?」

「もっとアホだよ」

「ぷく〜」


 サスケはいも虫みたいに移動した。

 ソフィアが同じだけ距離を詰めてくる。


 くそっ……寝させない作戦か。

 無言のプレッシャーが痛いくらい伝わってくる。


「日本にはワンナイトラブ……いわゆる一夜限りの関係という文化があると書いていました」

「どこの情報だよ。そんなの幻だよ」

「サスケさんのいけず〜」


 トクン、トクン、トクン。

 布ごしに心音が伝わってくる。


 そうか。

 ソフィアも人間と似たような心臓を持っているんだな。


「サスケさんと呼ぶの、やめないか?」

「サスケと呼び捨てにしろ、ということですか? それともサスケ様をご所望でしょうか?」

「どう考えても前者だよ」


 サスケはため息をつく。


「俺は職場だと、サスケさん、と後輩から呼ばれることが多い。サスケの方が、家に帰ってきた、という感じがする」

「ああ、なるほど。サスケ〜、サスケ〜、サスケ〜、好きなのじゃ〜」


 調子に乗ったソフィアが赤ちゃんみたいに甘えてくる。


「やめろって。眠れなくなるから」

「私の体に興奮している、という意味でしょうか?」

「こういうの、生理現象っていうんだよ。ソフィアだって血の匂いを嗅いだら、口いっぱいにヨダレが出るだろう。あれと一緒だ」

「サスケにとって、私の体は、大好物ってことですね」

「お前なぁ〜」


 すっかり眠気が吹き飛んでしまった。

 仕方ない、おしゃべりに付き合ってやるか。


「サスケの職場のこと、詳しく教えてくださいよ」

「別にかまわんが……何を知りたい?」

「私よりもかわいい女性はいますか?」

「う〜ん」


 いくつか顔を思い出してみた。


 メガネをかけた後輩。

 いつも眠そうにしている後輩。

 メイクが濃いと上司から注意される後輩。


「いない。ソフィーが優勝だな」

「わ〜い! やった〜!」

「いっとくが、ソフィーは相当かわいいからな。まあ、俺の主観だけれども」

「いいのです、いいのです。私にとって地球人はサスケだけですから。サスケから愛されるということは、全地球人から愛されることと同義なのです」


 とんでもない理屈に、サスケは苦笑いする。


「サスケ、次はアレを教えてくださいよ」

「今度は何だよ?」

「独り暮らしに戻ったら寂しいですか? 私が元の世界に帰って、おかえり、を言ってくれる人がいなくなったら悲しいですか?」

「う〜ん、そうだな……」


 またまた答えにくい質問を。

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