第8話

 サスケはガスコンロの火を止めた。


「よし、完成だ」


 できあがった卵粥たまごがゆを器によそっていく。

 それが終わると、近くで見守っていたソフィアが、パチパチパチと拍手してくれた。


「とっても、おいしそうです」

「そうはいっても、ただの卵粥だけどな」

「それでも、おいしそうです」

「あはは……」


 おいおい。

 性格まで美人になっちゃった。


 生まれて初めて料理を称賛されたサスケは、照れ臭さのあまり首の後ろをかきむしる。


 ソフィアが用意してくれた夕食。

 なんとレバニラ炒めだった。


 緑の野菜がたっぷり入っており、とっても健康的な見た目をしている。


「渋いのをチョイスしたね。これもネットで調べたの?」

「はい、サスケさんに血を分けていただいている身ですので。サスケさんの血が増えますように、という願いを込めて、レバニラ炒めにしました」


 くっ……。

 かわいいな。

 理想の奥さんかよ。


 ソフィアのためにスプーンとフォークを取ってあげた。

 いただきます、を言おうとしたら、


「そうだ。ちょっと待ってください」


 ソフィアが席を立つ。

 冷蔵庫の中をあさり、スキップのような足取りで帰ってきた。


「これをサスケさんに」

「おおっ!」


 キンキンに冷えたビールだ。

 しかも、サスケが好きなブランド。


「サラリーマンの好きなものを調べてみました。すると、仕事終わりの一杯がたまらない、と書いていました。ただ、一杯が何を指しているのかよく分からず、お店の人に質問してみたら、それはビールだよ、と優しく教えてくれました」


 得意そうに打ち明けてくれる。


「たしかに、一杯がビールを指しているとは、理解できないよね」

「はい」


 がんばって買い物してきたんだな。

 偉い、とても偉いぞ。

 ただのビールがとても貴重な液体に思えてきた。


「いただきます」

「いただきます」


 さっそくレバニラ炒めを食べてみる。


 普通においしい。

 やや塩味が濃い気もするが、問題なく味わえるレベル。


 ごま油で炒めたのかな。

 香ばしい匂いが、ますます食欲をそそる。


 開封したばかりのビールをのどに流し込んだ。

 冷たくなった口に熱々のレバニラ炒めを放り込む。


「たまらん」

「おいしいですか?」

「とってもな。お店で出せる味だよ」

「うふふ。サスケさんは口がうまいですね」


 ソフィアはふ〜ふ〜してからお粥を食べる。


「おいしいか?」

「はい、とっても。ふわふわしています」


 サスケには以前から気になっていたことがあった。


「ソフィーの主食は血だよな。血がまったく飲めないと、命を存続できないってことか?」

「そうですよ〜」

「でも、人間みたいに味覚はあるんだよな。こういう人間の食事は、消化吸収されない、まったくエネルギーにならない、てことか?」

「いえ、いちおう吸収されるのですが……」

「血にしか入っていない栄養がある、と」


 ソフィアがこくりとうなずく。


「あと、楽しいです」

「ん?」

「こういうご飯を食べていると、胸がポカポカします。血を飲んでも、こうはなりません。飢えみたいな感覚は和らげても、血だけでは、どこか虚しさが残ります」

「へぇ〜」

「サスケさんの感情が豊かなのは、おそらく、豊かな食べ物を口にしているからです」


 ソフィアの発言には、時々、はっとさせられる。


 もっとヴァンパイアのことが知りたいな。

 アルコールが手伝ったせいか、サスケの好奇心に火がついた。


「逆はどうなんだ。血さえ口にできれば、1年でも2年でも生きられるの?」

「ええ、生きられます。しかし、血しか口にしない吸血鬼は、気性が荒くなり、交戦的な性格になります」


 なるほど。

 肉しか口にしない人間は、イライラして喧嘩っ早くなる、という話に似ているな。


「私の場合、少量のフルーツを食べるようにしています。あとは、肉か魚をたまに。これだけで、精神がぐっと落ち着きます」

「でも、ソフィーは貴族だから、いつでもフルーツを口にできるんだよな。一般市民はどうなんだ?」

「それは……」


 ソフィアの顔に影がさした。

 すまん、忘れてくれ、とサスケは手を振っておく。


「俺もいつか、ソフィーの世界の食材を食べてみたいな」

「私の世界の……ですか?」

「きっと、見たこともない、聞いたこともない物があふれているんだろうな。歌う花とか。極彩色レインボーの魚とか。6本足の獣とか」


 年甲斐としがいもなく冒険心がくすぐられる。

 はじめて地球儀を目にした少年みたいに、おもしろい想像が止まらない。


「あ、でも、ソフィーのゲート、人間の俺じゃ抜けられないか。たぶん、気圧の変化とかに耐えきれず、体がぺしゃんこになるんだろうな〜。申し訳ない、ソフィー。1日くらいそっちの世界で遊びたいが、おそらく命が3個、いや、10個ないと無理そうだ」


 クスクスという笑い声が響く。


「サスケさん、ありがとう」

「ん?」


 ソフィアは席を立つと、サスケの背後に回り込んで、優しく抱きしめてくれた。


「そんなに私に興味を持ってくれて、ありがとう。とても心がポカポカします」

「おい、恥ずかしいじゃねえか」

「ポカポカします」


 ソフィアの喉がにゃ〜ごろと幸せそうに鳴った。

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