第7話

 家に帰ってきた。

 すると、メイド娘が迎えてくれた。


 こんな安アパートの、年季が入っている、トラックが通るたびにガタガタする部屋には似つかわしくない美少女だった。


 わからん。

 外見をめてあげたらいいのか?


 明日もソフィーがその格好だったら嬉しいな、とか。

 おかげで仕事の疲れが吹き飛んじゃったよ、とか。


 でも、衣装のキープには魔力を消費する、という話だ。

 くれぐれも無理はするなよ、と注意しておくか。


 悩ましいな。

 これはソフィアのサービス精神。

 もし女心を傷つけたら……。


 ピーッという炊飯器のブザー音が、サスケの意識を現実に連れ戻した。


 コポッ! コポッ!

 五円玉くらいの蒸気孔じょうきあなから、苦しそうな呼吸みたいに、ドロッとした液体があふれている。


 へぇ〜。

 ソフィアがご飯を炊いたんだ。

 火山みたいに吹きこぼれているけれども。


 サスケはふたを開けて、アハハ、と笑った。

 ゲル状のご飯がポコポコと煮えている。


 捨てるほどじゃない。

 たぶん、卵粥たまごがゆにしたらおいしく食べられる。


「炊飯にチャレンジしてみたのですが……失敗でしょうか?」

「水の量が多かったみたいだな。気にすんな。これはこれでアリだ」


 火傷しないよう、台ふきんをミトン代わりにして、お釜を本体から持ち上げた。


 コシヒカリの甘い香りがする。

 早くソフィアにも食べさせてあげたい。


「ありがとな、ソフィー。俺のために準備してくれて」

「いえ……私は宿を恵んでもらっている身ですので……当たり前のことをしたまでです」

「それでも嬉しいよ。だから、ありがとう」

「あぅ……」


 新妻にいづまみたいに照れちゃって。

 初々しい反応がかわいい。


「でも、どうしちゃったんだよ。昨日までとは別人みたいだぞ」

「それは……そのぉ……」


 反省中のメイドみたいに、しゅんと縮こまっている。


「まさか猫かぶりか? 俺を油断させて、後からびっくりさせる作戦か?」

「ち……違いますよ」


 ソフィアは否定したが、やっぱり気になる。

 ホームシックで変なテンションになったのだろうか。


「本当のことを話してくれ。俺には遠慮しなくていい」

「え〜とですね……」


 ソフィアはうつむいて、真実を語りはじめた。


「なんか体が変なのです」

「もしかして、体調が悪いの?」

「そうじゃなくて、むしろ逆です。……昼間とか、サスケさんのことを想像していると、胸のあたりがジンジンするのです。……洗濯しようとしたときも、サスケさんの汗の匂いが染みついたシャツを手にとったら、骨盤こつばんの内側のあたりがキュッとなって」


 救いを求めるように、サスケに寄りかかってくる。


「この現象はいったい何でしょうか? サスケさんはご存知でしょうか? いったいぜんたい、私の体はどうなっちゃったのでしょうか?」


 マジメに悩んでいる様子だ。


「そうだな〜」


 サスケのことが気になる?

 体臭にかれてしまう?


 恋なのか?

 まさか、ラブなのか?


 でも、ソフィアは吸血鬼なんだぞ。

 そんなことって、普通はありえないだろう。


 犬とか猫と一緒。

 人間にベタベタするけれども、あれはえさをくれるご主人様だからであって、純粋なラブ感情とは違うはず。


 あっ⁉︎

 サスケの頭にピコンと電気がついた。


「もしかして、血を何回も吸ったから、俺のことが気になるんじゃないの?」

「あぁ……その可能性は……」


『支倉サスケ=保護してくれるパパやママ』

 みたいな構図ができちゃったとか。


「サスケさん、ナイスです。私のステータス異常の原因に気づくなんて」

「ちょっとソフィー?」


 恋人っぽく抱きつかれた。


「素敵すぎます。特にその首筋のライン。おいしそうな匂いがプンプンと……もうフェロモン臭が強烈すぎて……」

「ああ、首筋ね」


 ソフィアは瞳にハートマークを浮かべて、ハァハァと甘ったるい吐息をこぼしている。


 あれと一緒だな。

 牛肉を与えられたライオン。

 食欲のスイッチがONに傾いている。


「ソフィーにとって、俺はご馳走ちそうってわけか」

「そんなっ⁉︎ サスケさんのことは、とても愛おしく思っております! 一生お側に置いてほしいです!」

「ソフィーは吸血鬼だからな〜。悪いけれども、ずっと栄養源になってくれ、という風にしか聞こえないぞ」

「はぅ〜」

「あ、すまん、表現が良くなかった」


 ソフィアの頭をナデナデする。


「ソフィーの好き感情は、明らかに食欲から生じていると思うんだ。どうなの? 俺の血って、おいしいの?」

「それはもう、SSS級においしいです。たくさんのドラゴン族、エルフ族、ドワーフ族、巨人族、女戦士族、天使、悪魔、女神の血を飲んできましたが、5本指に入るくらい、いや、下手したら最上級においしいです」

「え、あ、そうなんだ」


 マジか……。

 すごい遍歴へんれきだな。

 ドラゴン、エルフ、ドワーフ。

 うん、ここらへんは理解できる。


 天使? 悪魔? 女神?

 明らかに最上級レアリティだよね。

 命がけで血を吸ってきたのかな。


「人間の血は全部おいしい、てわけじゃないよね?」

「はい、サスケさんの血が飛び抜けておいしいのです。まさに奇跡の血です」

「へぇ〜、俺にそんな長所があったんだ。いや〜、人間、30歳を過ぎないと理解できないこともあるんだね。なるほど、血の味か、想像したことなかったわ」


 結論、ソフィアは恋している。

 支倉サスケの血液に、だ。


「とりあえず、ご飯にしよっか」

「はい、ご主人様」

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