第6話

 職場にとあるうわさが流れていた。

 どうやら支倉はせくらサスケに恋人ができたらしい、と。


 話の出どころは定かでない。


 若い女性社員の誰か。

 あるいは、隣に座っている後輩だろう。


 まあ、当然か。

 サスケは仕事一筋で生きてきた。

 そんな男が何の前触れもなく残業しなくなれば、


『とうとう支倉さんも念願の彼女をゲットしたのか?』

『本人はこのラストチャンスに賭けているのでは?』


 と勘繰かんぐりたくなるはず。


 これは好都合といえる。

 本当の理由を打ち明けるわけにはいかない。


「あれ? サスケさん、今日も早く帰るんっすか?」

「そうだよ、今夜も野暮用なんだよ」

「昨日もそうでしたよね」


 後輩がニヤニヤと笑っている。


「いっとくが、楽しい予定じゃないからな」

「またまた〜。サスケさん、本当はデートじゃないっすか?」

「アホか。口を動かすヒマがあったら手を動かせ」

「は〜い」

「それじゃ、お先に」

「お疲れっす。エンジョイしてください」


 サスケはさっさと歩き出した。

 すると出口のところで課長が立ちふさがってくる。


「ちょっと待った、支倉くん。君に任せたい仕事があるのだが……」

「わかりました。メールでください。明日の朝、少し早く出てきて目を通しますので。俺がやるか、別の誰かに振るか、その後に決めさせてください」

「はぁ……それなら構わないが……」


 余計な仕事は引き受けない。

 明日できることは明日やる。


 そう。

 サスケは超絶ホワイトなサラリーマンに生まれ変わったのだ。

 1週間の限定だけれども。


「課長、お先に失礼します」

「おう、お疲れ」


 へっへっへ。

 胸を張って定時退社すると気持ちいいな。


 帰りの電車の中で、携帯を取り出して、ソフィア宛のメッセージを打ちはじめた。


『これから帰るぞ』

『なにか変わったことは無かったか?』


 ポチッと送信。


『サスケさん、お疲れ様です』

『我が家は今日も平和でしたよ』

『お昼寝していたら、胸元をオレンジ色に染めた鳥が、ピーチュクチュクチュク、と窓辺からあいさつしてくれました』


 あれ?

 ソフィアだよな?

 なんか文面がいつもより優しいな。


『お腹が空いているよな?』

『欲しいものがあったら、コンビニで買ってくるが』


 ポチッと送信。


『あっ!』

『夕食は私の方でご用意しました』

『コンビニ弁当は買わずに帰ってきてください』


 本当にソフィアなの⁉︎

 以前までなら、

『〜なのじゃ!』

『〜なんだぞ!』

 という語尾だったような……。


『へぇ〜、ご飯あるんだ』

『ちなみに、どんな料理を用意したの?』


 ポチッと送信。


『それは帰ってきてからの、お・た・の・し・み♪』

『寄り道しちゃダメだぞ〜』


 う〜ん、わからん。

 またサスケを揶揄からかう作戦だろうか。

 とりあえず、愛くるしいのは理解した。


 夕食の準備というのが気になる。

 これってサスケのご飯だよな?


 そもそも買い出しにいけるのか?

 あの子、派手なドレスしか持っていないんだよな。

 まさか、Tシャツ1枚で外出しないだろうし……。


 わからん。

 とりあえず帰ってから確認だな。

 ゲテモノ料理が出てきた場合、ソフィアには申し訳ないが、カツ丼の出前でも注文させてもらおう。


「ただいま〜」


 言いつけどおり、まっすぐ帰ってくると、玄関のところでソフィアが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 体が大人サイズになっている。

 グラビア雑誌から抜けてきたようなパーフェクト美女。


 いや。

 それよりも注目すべきはコスチュームだ。


「まさか⁉︎ それ⁉︎ メイド服なのか⁉︎」

「はい、この服装の方が作業しやすいと思いまして」


 ソフィアはスカートをつまんで、ちょこんと頭を下げた。

 あまりのキュートさに脳みそがクラクラしそう。


「いえ、ごめんなさい、本当はサスケさんに喜んでもらいたくて」


 口元に手を当てて、瞳をうるうるさせている。


 なにこれ⁉︎

 普通にかわいい⁉︎

 やっぱり、サスケを誘惑して楽しんでいるのか⁉︎

 だとしたら、けしからん!


「ど、ど、どうしちゃったの、ソフィー⁉︎ 君らしくないぞ⁉︎」

「ダメ……でしたか? この服装は嫌いですか?」

「そうじゃないけれども……」


 間違いない。

 ちゃんとしたメイド服だ。

 コスプレ用の露出が多いやつじゃなくて、実用性の高いエプロンドレスの方。


 買ったのか⁉︎

 すげぇ! 金髪だから本物のメイドさんみたい!


「あの……実はこの服、魔法で再現しておりまして」

「えっ、そんなことができるの?」

「マジカル・コスチュームといいます。ネット上で画像検索しまして、可能な限り、リアルの衣装に近づけてみました」

「でも、ちゃんと触れるよ」


 サスケはスカートの部分を指で突いてみる。


「重量とか、質感とか、あくまで私のイメージであり……」

「器用すぎるだろう。普通の人間だったら、これが偽物だと気づかないよ」

「うっかり油断して、魔力を切らせてしまった場合、この衣装は消えてしまいます」

「そうなんだ」


 サスケの頬がぽわ〜んと熱くなった。


 このメイド服は幻想、いつでも消せる。

 だとしたら、現在のソフィアが着ているものは……。


「つまり、ソフィーは一糸もまとっていないってこと?」

「はい、厳密には全裸となります」

「ぐはっ……」


 衝撃のあまりカバンを落とす。


「実は、この姿でサスケさんの前に立つのが、かなり恥ずかしくて……」

「それで淑女しゅくじょみたいな口調になっているわけね」

「はい、顔から火が出ちゃいそうです」


 ソフィアは長いまつ毛を伏せながら、頬をほんのり赤らめた。

 意外な一面があったなんて。

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