第3話

 ロリータ吸血鬼を拾った。

 一夜明けると、ハリウッド女優ばりの美女になっていた。


「サスケが覚えている私は、こっちの姿よね」


 しゅるるるる〜。

 ソフィアの体がどんどん縮みはじめる。

 時計の針を戻すみたいに、手、足、胸などが退化していった。


「省エネモードなのじゃ! こっちだと消費エネルギーが大幅にカットされるのじゃ!」

「おおっ! すげぇ!」


 あまりの早技に、サスケはお口をあんぐりさせる。


「ふっふっふ、驚いたか〜!」

「何なの? 性格まで変わっちゃう仕様なの?」

「理由はわからんが、精神レベルが下がっちゃうのじゃ。小鹿こじかみたいな体つきなのに、悩殺のうさつしちゃうわよ〜、みたいなセリフを連呼するのは抵抗があるのじゃ」

「へぇ〜、不思議だな〜」


 子どもソフィアの性格は、そうだな。

 天真てんしん爛漫らんまん、元気ハツラツ、わがまま娘か。


 大人ソフィアの性格は、その逆。

 色気ムンムン、男を誘惑するサキュバスか。


「サスケ〜、私に血を恵んでほしいのじゃ〜。一夜明けたら、お腹がペコペコになったのじゃ〜」


 うわっ。

 瞳をうるうるさせちゃって、泣き落としの作戦できたよ。


「嫌だよ。注射とか、子どもの頃からトラウマなんだよ」

「いけず〜。そんなこと言わずにさ〜。年端もいかない少女が、こうやってお願いしておるのじゃ〜」

「年端もいかないって……でも、中身は大人なんだよな」

「それでも、血が欲しいのじゃ〜!」


 シャツをぐいぐい引っ張られる。


「5リットルあるうちの、ほんの少しでいいのじゃ〜!」


 今度は泣きながら手足をバタバタ。

 知らない人が見たら、少女をいじめる成人男性の図、だな。


「わかった、わかった、血を一口やる。その代わり俺の質問に答えてくれ」

「サスケのことが大好きなのじゃ!」

「お前なぁ……」


 ソフィアは口元をほころばせて、サスケの胸に飛び込んできた。


「それで? 私の何を知りたいのじゃ? スリーサイズか?」

「アホか」


 とりあえず、デコピンしておいた。


「ソフィーは実家に帰らなくていいのか? どこか別の世界から飛んできたんだろう。そっちの家族が心配しているんじゃないの。つ〜か、独身なの? 旦那さんは? 子どもは?」

「ああ……女として新品なのか中古なのか知りたいのか?」

「少女にあるまじき発言だな。10歳くらいの顔して」


 ソフィアは地位が高い貴族の生まれ。

 現在は独り立ちする前のモラトリアム。

 いろんな世界を旅している、と教えてくれた。


「世界から世界を移動するには、ゲートを開く必要があるのだが……」

「もしかして、ゲートを開けないの?」

「いや、本気を出せば開けるぞ。そのためには膨大ぼうだいな魔力が必要であり……」

「つまり、ゲートを開けないってことね」

「うっ……」

「ガス欠状態なんだ」

「なっ……なっ……ななななっ!」


 図星ずぼしらしく、ソフィアが赤面する。

 ふ〜ん、素直じゃない一面もあるんだな。


「私はエリート吸血鬼なんだぞ。本当はすごいんだぞ。アカデミーをトップの成績で卒業したんだぞ。魔力が回復したあかつきには、私の本気を見せてやるんだぞ」

「わかったから。机の上に立つなって」


 ソフィアを抱っこして床に下ろした。


 魔力っていうのは、携帯のバッテリー残量みたいなものらしい。

 ゴロゴロして休憩していれば、自動的に回復するそうだ。


「つまり、もうしばらく日本に滞在するわけね」

「うむ、こちらの世界における魔素マナの濃さから察するに、3日から5日あればフルチャージできるのじゃ」

「ふ〜ん、すげえな。人間の上位種族じゃねえか」


 サスケはシャツをまくって、左腕を差し出した。


 虫に刺されたようなあとが2箇所、ポツポツと残っている。

 おそらく前回にソフィアが噛んだ場所だろう。


「ほらよ、約束だ。俺の血をやる」

「あわわわわっ〜」


 ソフィアは大好物を前にした子どもみたいに瞳をキラキラさせる。


「俺の血をやる代わりに、そこらへんの通行人は襲うなよ。ちゃんと約束してくれるか?」

「わかった、約束する。一般人の血は飲まない。ではでは、ありがたくいただくのじゃ〜」


 チクッ! と痛みが走った。

 傷口の血はすぐ凝固するらしく、あっという間に乾いてしまう。


「俺は普段、会社にいる。あと、使っていない携帯が一台あるから、貸してやる。操作方法は知っているか?」

「ん? どういうことじゃ?」

「ゴロゴロしないと魔力が回復しないんだろう。だったら、俺の家で休んでいけよ。たまに訪問のセールスがやってくるが、居留守を使ってくれたらいいから」

「あわわわわっ〜! この家にいていいのか! サスケ、太っ腹だな! お主みたいに優しい人間、出会ったのは初めてだ!」

「はいはい。いちおう、拾った俺にも責任があるからね」


 サスケが頭をポンポンすると、ソフィアは、テヘヘ、と舌をのぞかせた。


「いけねっ!」


 出社する時間が近づいている。

 サスケは大慌てで身なりを整えて、カバンに荷物を詰め込んだ。


「腕時計……腕時計は……」

「ここにあるのじゃ」


 ソフィアが見つけてくれた。

 のみならず、玄関までお見送りしてくれる。


「いってらっしゃいませ〜! ご主人様〜!」

「いってきます……て、なんか恥ずかしいな、おい」


 同じ階に住んでいるサラリーマンが出てくるところだった。


 サスケとソフィアを見比べて、とても複雑そうな表情をしていた。

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