【義妹SIDE】母と父が離婚、極貧生活を送ることに

「マリア! ふざけるなっ! なんだこの飯は! あまりにも貧しすぎるだろ!!」


「仕方ないじゃない!! あなたの稼ぎが少なすぎるからよっ!」


 その日からディアンナの両親は喧嘩を始めた。ボロ小屋での生活、そして両親の絶えない喧嘩。さらには婚約者ロズワールからの婚約破棄。


「あんまりですわ……こんなのあんまりですわ……しくしく」


 あまりにも惨めな自分自身の現状に、ディアンナは涙が溢れ出してきて止まらなかった。


 まさかこんな事になるとは思っていなかった。アイリスを追い出した時はこれからは自分の天下だと思っていた。全てが順調になると思っていた。


 ディアンナの現状を当時の自分に言ってやっても、鼻で笑って一切信じようともしなかった事であろう。


「そういえば……あの根暗女は何をしているのでしょうか」


 ディアンナは根暗女――アイリスの事を義姉にも関わらずそう呼んでいた。


 なんでもあの根暗女は宮廷で薬師をしているらしい。もしかしたらその薬を販売する事で、多額の利益を得ているかもしれない。沢山のお金を得ているかもしれない。

 そして宮廷で生活するという事は、いわば王子様とひとつ屋根の下だ。


 何かあるのかもしれない。そんな王子様とのラブロマンス。


「ゆ、許せませんわ。なぜ私とあの根暗女で、そんな天と地ほどの境遇格差ができているのでしょうか。絶対に許せませんわ!」


 ディアンナは一人、部屋で怒りに震えていた。自分のした事など一切反省していない。ただただ、他人の成功や幸福が妬ましかった。そういう醜い感情にディアンナは取り付かれていたのだ。


 部屋の壁は薄かった。すぐ隣の部屋で父と母の喧嘩の声が聞こえてくる。そしてしかるべき時がやってきた。


「離婚だ! マリア! もうお前とは一緒にいられないっ!」


「私もよっ! こんな甲斐性なしじゃなくて、もっと稼げる、良い男を捕まえるわよ!」


 こうして父レーガンと母マリアは離婚する事になったのだ。母マリアにとっては二度目の離婚である。ディアンナとしても、こういう場面は前に一度見たところがある。母マリアは狡猾な女だ。前の夫より、今の父レーガンの方が好条件だったから鞍替えをしたに過ぎない。


 最初から愛などないのだ。条件が悪くなったのだから、必ずお互いの関係は上手くいかなくなると思っていた。


 こうしてあえなく破局が訪れるのである。


 ◇


 それからマリアとレーガンは別かれ、ディアンナは当然のようにマリアに引き取られた。マリアとディアンナは血縁関係なのだ。当然ともいえた。

 ディアンナとしても血がつながっていない義父に過ぎないレーガンについていくわけにもいかなかった。


 やはり実の母親は違うのだ。同性という事もなく、気兼ねなく付き合える存在でもあった。

 だが、状況は何かと変わっていく。


 住まいはさらに安い賃貸物件となった。集合住宅というやつである。しかも、かなりの貧困層の。いわゆるアパートと言われるような住居物件だった。そのアパートの一室を借りる事になったのである。

 話には聞いた事があるが、まさかこんなところに住むとは思っていなかったディアンナは面を食らってしまった。


「うぃ~……へへっ。今日も飲みすぎちまったぜ。ひぃ~……」


 酒瓶を持った男がふらふらと歩いていく。どうやら彼はこのアパートの住人らしい。


 ガンガンガン!! 大家(要するにオーナーの事だ)と呼ばれるおばさんが部屋のドアをたたいていた。


「ちょっと! クラインさん! 先月から家賃滞納してるのよ! 払わないなら追い出すわよ!」


「うるせぇ! ばばぁ! 仕事クビになって金がねぇんだ!! 黙ってろ!!」


「ふざけんじゃないわよ! 家賃払いなさいよ!」


「お母さま……なんでしょうか。この住居は。えらくガラが悪い人ばかり住んでるではありませんか」


「仕方ないじゃない。もう私達にはお金がないんだから。我慢するしかないの。我慢しなさい、ディアンナ」


「わかりましたわ。お母様。我慢いたします」


 こうしてマリアとディアンナは安アパートで生活をするようになった。しかしディアンナは思った。人生で生まれて初めてする我慢ではあったが。

 一体この我慢はいつまですればいいというのか? この我慢はいつ報われるのか。

 わからなかった。そして次第に我慢する事の意味すら理解できないようになってきた。空しくなった。

 元々我慢弱いのだ。ディアンナは。お嬢様で我儘放題だったのだから当然だ。世界は自分を中心に回るとおもっていた。だから平気でうそをついて生活できていた。なのに、なんでこんなことに。ディアンナは大いに嘆いた。


 ◇


「うぃ~ーーふぅ……最高ね」


 それからマリアは夜、酒を飲み歩いた。挙句の果てに少なくない金を若い男に貢ようになったのである。流石はディアンナの母親だけあってクズである。


 当然のように酒を飲むのにも若い男に貢のにもお金が必要ではあるのだが、マリアは富裕層だった時の金銭感覚が抜けていなかった。贅沢癖と浪費壁が残っていたのである。


「お、お母様! 飲みすぎですわ! こんなに飲まれて、お金はどうしたんですの!!」


「うるさいわね。ディアンナ、何とかなるわよ。ふぃ~最高。もうどうでもよくなっちゃいそう」


 母はかなり酔っぱらっていた。健康に悪いのは勿論だが、相当に金を浪費してきただろう。

 話によると母は水商売を始めたようだが、やはり若い娘のようには稼げないようだ。稼ぎは芳しくなく、浪費量に見合っていない。

 当然のように浪費は借金の末に行われた。


 このままでは怖い借金取りに猛烈な取り立てを受けるだろう。最悪、自分が取り立てられるかもしれない。


 考えたくもなかった。恐ろしいが、売春婦のような真似をさせられるかもしれない。好きでもない男と体を重ねるのだ。金のために。


 恐ろしいが現実的に想像できてしまう物事でもあった。


「お母様、いい加減になさってください!」


「うるさいわね! 誰のおかげで大きくなったと思ってるのよ!! ディアンナ!! あんたも金を稼いできなさいよ!」


「は、働くのですが!! 私が! お屋敷で何もせずにのうのうと生きてきた私に、庶民と同じように働けとおっしゃるのですか!! お母さまは!!」


「だって……仕方ないじゃない。もうお金ないんだし。私達はもう伯爵家でも何でもないのよ」


「ぐっ……ううっ…ううっ。そんな、そんな事って。なんで私が働かなければなりませんの。働く事なんて大嫌いですわ。働いた事はありませんが。あんな朝から晩まで働くなんて嫌ですわ。絶対やりたくありませんわ!」


「我儘言わないのディアンナ。仕方ないんだから。あんたに仕事を見つけてきたから

お母さんのためにそこで働きなさい。いつまもただ飯食らってないでさ、ね?」


「そ、そんなお母さま!! いやですわーーーーーーーーーーーーーーーーー!!! 働きたくないですわーーーーーーーーーーーーー!!!」


「働けって言ってんだろ!! この小娘!! いつまでも自分を良いところのお嬢様だと勘違いしてるんじゃないの!! 今のあんたはただの庶民の小娘なのよ。いい加減身の程を理解しなさいよ。金稼いできなさい、金」


「ぐっ。ううっ。ぐすっ。わかりましたわっ。わかりましたわお母様」


 渋々ディアンナは頷いた。


「で、でもどこで働けばいいんですの? 働き口はどこにありますの?」


 筋金入りのお嬢様であるディアンナは世間の事を何も知らなかったのである。


「住み込みでできる仕事見つけたから、ここで働きなさいマリア。三食賄も出るらしいわよ」


 こうして、マリアはディアンナを働かせる事にした。その働き口とはなんと、隣国ルンデブルグでの使用人。つまりはメイドとしての仕事であった。


 奇しくもそこはアイリスが薬師として働く宮廷での仕事であった。


 こうしてアイリスとディアンナは思ってもいない、運命の再会を果たす事となる。

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