9、復讐その3~魔女に鉄槌を(1)

 

 

「えーっとそれじゃあ始めるよ」


 いつものように。いつものごとく。


 学園終わってランディの邸宅内にある魔法研究所に来ている。


 そしてまたも前世の世界へ送ってもらうのだ。


「宜しく~」

「軽いなあ。やってることは重いのに」

「しょうがないでしょ。なんか全てやり遂げないと、前世の私が成仏出来ない気がするからさあ」


 思い出すまでは何ともない、平和な日常を送っていた。


 けれど思い出してしまえば、全てを素直に受け入れられない自分が居るのだ。


 今の私には……フィアラット侯爵令嬢には兄と姉、そして弟妹と、実に大勢の兄妹がいる。見事に全部居る。


 かつて私は彼らを愛していた。勿論今も愛している。


 けれど純粋な気持ちで彼らを見れなくなってしまった。前世の記憶が戻ってから。

 ──特に、昨日見た『郁美』の夢は。


 実際には夢に彼女は出てこなかった。けれど彼女の悪魔のような行動が浮き彫りになった。


 どうしてそんな事実を知ってなお、前世の私は郁美に優しく出来たんだろう。


 もう既に精神は侵されていたということか。正常な判断が出来なくなってしまったのだろうか。


 彼女の魂を救わなければ、もう今の私は幸せを享受できない。

 彼女を救う事が今の自分の為にもなるんだ。


 そう言えば、ランディは複雑そうな顔をするけれど、それでも静かに呪文を唱え始めた。


 理解したいけど受け入れがたい、そんなところなのかもしれない。


「さあ、行っておいでフィアラ。キミの魂の救済へ──」


 送り出す優しい言葉を耳に受け止めながら。

 私はフィアラットから意識が離れるのを感じながら、静かに目を閉じた。





※ ※ ※




「おい、郁美!腹が減ったから何か用意しろよ!」

「うっさいわねえ!今忙しいのよ!」

「忙しいってゲームやってるだけじゃねえか!」

「忙しいって言ってんでしょうが!」


 気付けば見覚えのある部屋。


 声の方を見れば、ベッドに横たわる明彦。

 と、離れてテーブルに肘をつきながらスマホをいじる郁美。


 どうやら明彦は痛みのあまり、動けずにいるようだ。──ということは、警察沙汰にはなってないということか。


 さすがに病院には行ったのか、痛み止めの薬がポンと置かれてるのが目に入る。一体病院でどういう説明をしたんだろうか……。

 気になるところではあるが、今そんな事を調べても意味はない。


 私は郁美のそばに立った。勿論、郁美にも明彦にも、私の姿は見えてない。


「ち、この男もはずれ……いい男居ないわね」


 明彦に聞こえないようにブツブツと独り言を郁美は呟いていた。携帯画面を覗けば、そこにはゲームなんて可愛いアプリではなく……。


『出会い系じゃない』


 がっつり男の顔がいっぱい映し出された、出会い系サイトだった。


「年収が多いのは嘘くさいわね。程々ので、程々の顔のやつを……」


 これはあれか。カモを探してるってところか。


 見た所、明彦は勿論の事、郁美も仕事をしていないようだ。しばらくは前世の私が稼いで貯めておいた貯金でどうにか生活は出来るだろうが、それにも限界がある。


 そこで、財布になりそうな男を探してる……といったところだろうか。


『絶対に働きたくないってか。ある意味凄いわね』


 生活がかかってるというのに、よくもまあ……。

 ちなみに親の遺産はない。とっくに二人に食いつぶされてるんだ。私の稼ぎだってたかがしれてる。


 いい加減、底をつく頃だろう。


「畜生!腹が減った!」

「うっさいなあ……まあでもあたしも空いたわね。何か買ってくるか……ったくめんどくさい。あいつが居ればなあ……」


 その言葉にピクリと反応する。『あいつ』が誰を指してるのか、すぐに分かったから。


 散々、使いっ走りをさせられた前世の私。中学時代も郁美のせいでパシリにされ続けた。

 私が死んでもなお、郁美の性格は変わらないと見える。


 沸々と怒りが湧いてくるのが分かった。


「あ~めんどくさ!」


 その言葉がとどめ。

 私は力を発動させる。


『そんなにめんどくさいなら……飛んで連れてってあげるわよ!』


 そう叫んで、私は念を込めた。

 郁美の体が宙に浮くように!


「へ?え?え、えええ……きゃああああ!?」


 郁美の叫びに驚いた明彦が見たものは。

 宙に浮いた郁美が、玄関扉を壊す勢いでぶっ飛んで。物凄い勢いで外に飛んでいく──行った様だった。


「うええ!?郁美いぃぃぃ!?!?!?」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る