10、復讐その3~魔女に鉄槌を(2)

 

 

「きゃああああ!何なに、一体何なの!?」


 自転車並の早さで飛んでるというのに、まだ叫ぶ余裕があると見える。

 ならば遠慮は必要無いか。


 念じれば、思うように郁美の体は動く。


 地面すれすれを飛ばしていたけど、一気にその身を上昇させて。


「ぎゃああああ!?」


 うん、醜い叫びに変わった。

 今や郁美の眼下に建物の屋根が目に入る。


 逆さまの状態にして、私は郁美の体を静止させた。


 そっとその顔を覗き込めば、重力にそって落ちる涙と鼻水が、顔を逆流してて。


 面白い事この上なかった。

 幾人もの男をたらしこんだ顔が無残なものだ。


『いい顔ね、郁美』

「!?だ、誰!?」


 驚いた顔をする郁美。

 けれど驚いたのはこちらも同じだ。


 見えてないはずなのに。

 こちらの世界で言う所の霊体となってる私の姿を、郁美が見えるはずはなかった。


 なのに郁美は今、確かに私の声に反応したのだ。


 どうなってるのだろう?


 首を傾げていると


(俺が少し力を貸したのさ)


 ランディの声がした。それは郁美には聞こえてないようだけど。


 もうそこまで魔法を昇華させてるのかと、驚きよりも感心が勝る。


『そうなのね、凄いわ』

「ま、また!?なんなのよ、一体誰なのよ!」


 いちいち声に反応するのは煩わしいけれど。まあこれはこれで楽しめそうだ。


 どうせなら、と少しランディに注文を付けてみる。


『ねえ、どうせなら私の姿を見えるように出来ないかしら?』

(ああ、言うと思った。既に開発済みだよ)


 流石はランディ。お見通しというわけだ。

 ありがたくその能力を使わせてもらうことにした。


 霊体ながらにパチンと指を鳴らす。


 そうすれば、あっという間に──郁美と視線が合った。


『こんにちは、郁美』

「な!あ、あんたは!」

『あんたじゃないでしょ~?ねえ、郁美ちゃん?』


 に~っこり微笑んであげれば。

 青ざめた顔で、小さな声で「お、お姉ちゃん……」と呟いた。


 うんうんと頷いて。

 私は逆さまでは話しにくかろうと、体を起こして上げた。


 が、空を飛んだ状態はそのままだ。


 足元が心もとない郁美は、下を見ながら青ざめていた。


「ね、ねえこれ、お姉ちゃんがやってるの?」

『だとしたら?』

「お、下ろして……」

『嫌よ』


 願いはあっさり却下される。

 益々青ざめた顔で郁美は私を見た。


「な、なんで……」

『うん?』

「なんでこんなことするのよ!」


 血の気の引いた顔のまま、郁美は叫ぶ。


「あんたが死んでから変なことが何度か起きてて……意味が分からなかったけど、全部あんたの仕業だったのね!?なんでこんな事するわけ!?復讐!?だったらあたしじゃなくて明彦にやんなさいよ!」

『あらやだ、私の恨みは明彦だけに向いてると思ってるの?』


 それは心外だわ。ちゃんと恨みを郁美にも伝えてるつもりだったんだけど。まだ甘かったかな?そう言えば、もう顔色は紙のようだ。


「な、な……ざけんな、ふざけんな!全部お前が悪いんだろ!?男一人にもまともに相手されないお前が!あたしに簡単に男取られるようなお前が悪いんだろうが!逆恨みも大概にしろ!」

『ふ~ん、郁美はそんな風に考えてたんだ、そっかあ……』


 言った言葉は取り消せない。

 郁美の今の言葉で私は全てを理解した。


 屑はどこまで行っても屑は屑。反省なんてしないし、心を入れ替えるなんて到底無理なんだろう。


『ねえ郁美』

「な、なによ」


 最後の確認。

 私は郁美に聞いておきたいことを問う。


『どうして中学時代、私を虐めさせたの?』

「──!!」


 ギョッとなって、目がとめどなく動く。

 なぜ知ってるのかと思ってるのだろうか。


 私としてはなぜ気付かれないと思ったのかと不思議でならない。──まあ実際気付かなかったのだけれど。


「な、なんのこと……?」

『仕事先でね、虐めの首謀者と再会したのよ。その時に彼が言ってたのよ』

「そ、そんなの嘘よ……」

『そう?まあいいけど』


 確かに誰が真実を言ってるのか分からない。

 けれど分かる事はある。確かな真実はある。


『古い話はこの際どうでもいいわ』


 それに郁美が見るからにホッとした顔をする。

 これで解放されると思ってるのだろうか?だとしたら随分と能天気な思考をしている。


『大事なのは今よね、そうでしょ?』

「え?」

『私を殺したのは、少なくとも郁美、あなたでしょ?』


 その言葉に。

 妹という魔女が、今度こそ血の気の引いた顔で私を見るのが分かった。

 

「ま、まさか……嘘でしょ?」


 郁美が何を悟ったのかは分からない。けれど私はきっとその期待に応えられるだろう。


(フィリア?よせ、やめるんだ、それは駄目だ!)


 その時。

 ランディの焦る声が聞こえた。必死で術を解こうと──私の魂を呼び戻そうとしてるようだけど、もう遅い。


 そうはさせまいと踏ん張りながら。


 私はそれを実行に移したのだ──。


「きゃああああああ!?」


 ふっと念じる力を弱めれば。


 郁美は、あっという間に地面へ向かって落ちていった。





 


 

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