8、妹は悪魔でした

 

 

『おい、腹が減ったからパン買ってこい!』


 背中を蹴飛ばされた痛みに顔をしかめていたら、その蹴飛ばした本人が私に命じる。


 あれは中学時代の私。

 ──虐められていた頃のことだ。


 三年生になって、なぜか突然いじめが始まったのだ。どうしてか理解出来ないまま、虐めの主導者である男子は私にあれこれ嫌がらせをしてきたものだ。


 買い出しに行かされるなんてしょっちゅうだった。


『え、でもお金……』

『それくらいお前が用意しろってんだよ!』


 そしてまた蹴られた。


 痛みに蹲る私をゲラゲラ笑いながら。

 男子たちは去って行った。


 中学生の小遣いなんてたかが知れている。そんな頻繁に買い物なんてできるわけもないというのに。


 当然私は買いに行けずに、その後袋叩きになるのだった。


 誰も助けてはくれなかった。


 仲の良かったはずの友達は、巻き添えを恐れて離れて行った。


 男子生徒は家がそこそこ良い家で、成績もよく。先生方も見て見ぬフリをする。


 毎日毎日。

 私は虐められながらも、けれど中学三年生という大事な時期に学校を休めるわけもなく。


 親にどうしたのかと心配されながらも通い続けたのだった。



 そして月日は流れる。


 大人になった私の目の前に、その男が現れたのは単なる偶然だった。


 スーパーのレジをしていた私の前に、あの男は現れて。


『あっれ~、久しぶりじゃねーか!』


 そう普通に話しかけてきたのだ。


 高校は女子高を選んだから、当然この男とは離れたけれど。いじめもそれで終わりだったけれど。


 心に根付いた恐怖はけして簡単に消えるものではなかったのだ。


 言葉を失う私を気にすることもなく、『いや~懐かしいな~』などと、平然と話す男。


 そうだ、いつだってそうだ。

 加害者は被害者の気持ちなど全く理解しないもの。


 私がどれだけ苦しんだか。悲しんだか。

 何も分かってはいないのだ。だからこんな風に普通に話しかけてくるのだ。


 無言で私はレジを打つ。早く終わらせたい一心で。


 それを気にすることなく、男は言葉を続けた。


『そういや妹とは仲直りしたのか?』

『え?』


 思わず返事してしまったのは、郁美の名前が出たからだろう。


 今頃、明彦といちゃついてるはずの郁美。

 その名前が、どうしてこの男から出るのだろう?


 不思議に思って首を傾げれば、男は軽く肩を竦めた。


『知らねえの?お前を昔虐めてたのさ、お前の妹に頼まれたからなんだぜ』

『──!!』


 息が止まるかと思った。

 今、なんて言った?

 あの暴力は。止まない暴力は、暴言は。


 郁美に頼まれたからだと言うのだろうか?


『どういう……』

『いやあ、あいつ中一のくせにいい女だったからよ。俺と付き合わねえかって言ったら、姉が恐いから無理だとか言ってよお。目障りだからどうにかして欲しいっつーからさ。まあ何だ、可愛い子供のちょっとしたお遊びみたいなもんだな』


 何を言ってるんだろう、この男は。


 こいつのせいで、私の中学最後の一年は最悪になったというのに。


 けれど私の血の気が引いたのは、全て郁美が裏で手を引いていたという事実。


 あの頃は仲良くやっていたと思っていたのに。可愛い妹だと思っていたのに。

 あの頃から、郁美はもう私のことを……。


 目のまえが真っ暗になって、その後どうしてたか記憶にない。

 言うだけ言って男は去り。

 私は淡々と仕事をこなしたのだろう。


 家に帰ったら郁美と明彦がいる。私をいいように扱う二人が。


 ポタリと流す涙は、はたして前世の私か。それとも今の私か。


 ガタンと大きな揺れを感じて、ゆっくりと私は覚醒した。どうやら馬車は屋敷に着いたようだ。


 今見た夢を──前世の記憶を反芻しながら。


 明日、またランディに頼まなければならないなと思いつつ、私は馬車を降りるのだった。



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