PART7
『試写会の後、長谷川氏から何か連絡がありましたか?』
俺の問いに、彼女は続けてバッグの中から封筒を取り出した。
『拝見します』
そう言って中を改めてみる。
入っていたのはワープロで印字した礼状、そこには”試写会を観に来てくれて有難う”という、儀礼的な言葉と共に、
”出来れば自分の作品についてアンケートに答えて欲しい”とあり、アンケート用紙が添えられていたという。
『アンケートは一応送りました。ウソはつきたくありませんでしたから、観たままの感想を正直に書きました』
『彼からの返事は?』
『ありました。今度はもっとしつこく”どこがどう問題があったのか教えて欲しいから、もう一度個人的に会ってくれないか?”そう言ってきたんです』
彼女は其の執拗さに、病的な薄気味悪さを感じたし、それに自分は結婚しているから、二人きりで男性と会うつもりはない。たとえ貴方が昔の恋人であったとしても”そう返事を返すと、その後はもう音沙汰はありませんでした』
なるほどな。俺は思った。
確かに長谷川氏の病的な執着には、些か異常なものがあるようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺はそれからもあちこちで長谷川氏に関する噂を集めて回った。
出版社、エディター、アニメ関係者等である。
勿論直接ではなく、元々彼とあまり関係がなかった方面からだ。
某マイナーアニメ雑誌の編集者。
”あの人は傲慢でね。自分を天才か何かと勘違いしているところがあるみたいです。初めはある有名なアニメ監督A氏の所に別の作品をシナリオにして、企画書と一緒に持ち込み、何とか
ところがA監督はシナリオと企画書を一読して、『折角だが、このシナリオと企画では映画にするのは無理です。従って監督は引き受けられない。それに私は今別の仕事に取り掛かっているところだから』って、断わられたそうなんです。
長谷川氏は最初その監督の事を崇拝していたんですが、シナリオを批判されたのがショックだったんでしょう。
『貴方ほどの人物が、僕のホンを理解出来ないなんて考えられません。もういいですよ。僕は自分でこれを映画にしてみせます。そうして貴方以上の作品を作りあげてみせますからね』って啖呵を切ったというんです。
A監督は何しろ米国で賞を幾度か獲ったことのある人ですからね、いわば日本のアニメ界をしょって立つ大御所なわけです。
”あいつ、大層な啖呵を切りやがったな。もうこの世界じゃ生きていけないだろう”って、誰もが噂をしていたところが、あの「トミーと勇者たち」でしょう。
誰もが驚きましたよ。”
元長谷川氏のアニメスタッフ。
”辞めさせられたから言うんじゃありませんが、長谷川さん、かなりの暴君でしてね。自分の作品にちょっとでも意見をしようものなら、途端に癇癪を起すんです。僕も最初色彩設計でスタッフの一人として働いていたんですが、主人公の衣装の色の事で意見を言ったら、それだけで首を切られましたよ。それだけじゃありません。その後どこでもしばらくの間雇ってくれませんでした。”
有名アニメライター。
”あの映画ですか?勿論観ましたよ。僕はアニメの映画評論をやって随分になるんでね。ところが事前に彼のスタッフと称する人から色々贈り物が届きましてね。え?どんなものだって?そりゃ分るでしょう?でも僕は御世辞なんか言うのは嫌いですから、お返ししました。正直言ってあの映画、世間が褒めるほどのもんじゃありませんな。で、新聞の映画評論にその通りに書いたら、新聞社から『これじゃ記事にならないから書き直してくれないか』とこうです。
断ったら・・・・どうなったか、貴方にも察しがつくでしょう?”
俺はICレコーダーのスイッチを切り、再生を停止した。
デスクの一番下の引き出しから、バーボンのボトルを出してグラスに注ぎ、一杯やった。
幾ら仕事だからって、こんなのを毎日のように集めて回ってたんじゃ、俺だってげんなりしてくる。
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