PART6
彼女は”自分が喋ったなんて、絶対に漏らさないでくださいね”と、幾度も念を押してから、声を潜めて話し始めた。
俺が次に訪ねたのは、長谷川俊介が生まれ育った神奈川県内の、少し南側に位置する小さな町だ。
そこで会ったのは長谷川俊介氏の元クラスメイト。中学から高校まで、何故だかずっと一緒だったという。
彼女の名前は・・・・いや、それは止しておこう。俺だってプロの探偵だからな。自分の仕事には忠実なんだ。守秘義務って言葉位は知っている。
『私も長谷川君の映画は観ました。いえ、お金を払ってというより、向こうから”同窓生だった君へのプレゼントです”ということで、試写会の招待券を送って来たんです。』
卒業してからもう何年も経つが、最近は年賀状のやり取りくらいで、頻繁に会っていたわけではないという。
『・・・・勘ぐられるのは嫌ですから、先に申し上げておきます。私たちはお付き合いをしていました。恋人同士といってもいいでしょう。』
とはいっても、学校帰りに近くの公園でおしゃべりをしたり、日曜日に映画を観に出かけたりと、その程度の関係でしかなかったらしいが。
しかし次第に彼の事が重く感じられるようになり、高校を卒業して、彼が東京の大学に進学したのを皮切りに、別れてしまったそうだ。
『正直申し上げて、チケットを送って来た時には妙な気持ちになりました。また彼が私を誘惑でもしようと考えているんじゃないかと思いまして』
一度は断ろうと思った。
しかし自分はもう既に結婚をしているし、彼も確か奥さんがいた筈だから、そうそう変なこともすまいと思い、上京して試写会を観たという。
彼はすっかり変わっていた。
昔はもっと純情な文学青年タイプだったのに、現在の彼は何だか傲慢で、自分の才能を鼻にかけているような、そんなタイプに変わっていたそうだ。
『で?』
俺が促すと、彼女はこちらの意図を察したように、
『特別おかしなことは何もありませんでした。ただ映画を観て、ちょっと挨拶をして、それで帰って来たんです。ああ、映画の感想ですか?それが・・・・』彼女はそこで少し口籠った。
『いい映画ではありましたけど、正直申し上げて、あれは・・・・』小さな声で答える彼女の前に、俺は何も言わず、青木氏から預かった、ホチキス綴じの同人誌を置く。
『どうして、これを・・・・』彼女はそれを見ながら、自分もバッグから同じものを取りだして見せた。
俺は正直に、今回の調査の依頼人が青木俊夫氏であることを明かすと、彼女はやっぱりという表情をした。
『私と長谷川君は、高校時代、文芸部に所属していたんです。青木さん、いえ、青木先輩は上級生で、部のリーダー的な人でした。確かに地味で口数も少なかったですけど、私からすればいい作品を書くし、編集の才能もある、頼れるリーダー格でした』
長谷川も負けず劣らず才能はあったものの、読ませるという点では青木には勝てなかった。
『長谷川君は、そういう意味で先輩に嫉妬していました。私とデートをする時には、いつも決まって先輩の事を”地味でそれほど大したものが書けるわけじゃないのに、先輩面されちゃたまらないよ”なんて言ってました。そんなところも、私が彼から離れていく一つの理由だったのかもしれません』
彼女はテレビで長谷川の”トミーと勇者たち”の予告を見た時、すぐに『これは青木先輩の作品だ』と直感したという。
『つまりは、長谷川氏が青木氏の作品を盗作したと、そう思われたんですね?』
『でも、ただの思い過ごしだということもありますし、それに事実そうだったとしても、何の証拠もありませんからね』
俺は考え込み、シナモンスティックを取り出して端を齧った。
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