PART3
”確かに画は綺麗だしよく描けている。音楽も高水準だとは思うが、ストーリー自体は昔どこかで読んだ話をつぎはぎしたようだった”
この文章が載った途端、レスポンスが一時間もしないうちに100件近くも付いた。
”お前、ちゃんと映画を観たのか?”
”あんな感動的で美しい物語をけなすなんて許せない!”
とまあ、こんな感じである。
このサイトは匿名ではなく、実名でないとアクセス出来ない仕組みになっているのだが、抗議を寄せて来ていたのは大半が、名前も知らない市井の一般市民ばかりだったが、中には”ああ、あの人か”と分かる作家仲間、映画評論家、そして何故か同作のファンであると称する芸能人までが、抗議のコメントを寄せて来ていた。
青木君は元来律義な性格だったから、最初の内は面倒だと思っても、これらのコメントにいちいち再反論をしていたのだが、次第次第に増えて来たので面倒くさくなってしまったし、仕事に差し支えると感じ、無視して仕事にとりかかった。
そのうちにネット内に留まらず、テレビやラジオ番組などでも大きく取り上げられ、一つの話題になっていった。
何日か経った頃、自宅に電話がかかってきた。
連載小説を持っている雑誌社の担当編集からである。
”すみませんが、先生の連載、一時休載させてください”というのだ。
何故だと訳を聞いても、はっきりしたことは答えてくれない。
そのうちもう一つ、単発だったが劇画の原作を担当していた漫画雑誌からも、
”済まないが原作を外れてくれ”とこうである。
他からも勧めていた企画を白紙にする、というのものあった。
『つまり、僕は完全に仕事を干されてしまったわけです』
後で分かったことなのだが、あのサイトに載せた記事が原因だったらしく、
各々の出版社に大量の抗議メールやら、速達での抗議文、中には短期間でどうやって集めたのか不思議ではあるが、凡そ1万人の署名まで送りつけられてきたのである。
出版社も一応商売でやっている訳であるから、流石にここまでやられると”表現の自由だから”と看過も出来ず、今回の事態になったという訳だ。
青木に対し、個人的に”ご意見を撤回し、謝罪をして下されば丸く収まりますよ”なんて言ってくる編集者もあったが、彼は一貫して、
”僕はこう見えても物書きの端くれです。自分の意見を自由に述べるのが何故いけないんですか?”と譲らなかったため、余計にこじれてしまったというわけだ。
『で、私に何をして欲しいというんです?まさかその抗議をしてきた連中一人一人を突き止めて、どうにかしろとでも?』
すると彼は、傍らに置いていたバッグを開け、数冊の薄っぺらい、如何にも素人が手作りで作ったと思われる、背表紙をホチキスで綴じた『同人誌』だった。
『それを読んでみて下さい』
拝見しますと言って、俺は頁を繰った。
何でも青木君がまだ高校一年生、つまりはまったくのド素人だった時代、仲間と手作りで作った冊子で、毎月ほぼ一冊の割で製作していたという。
一応連載の形を取っていて、全部で300頁くらいになる中編で、SFと時代小説を混合したようなストーリー仕立てになっている。
明治の初頭の日本と同じような時代背景だが、完全に別の空間に存在する世界が舞台で、異国から攻めて来た“敵”(とはいっても人間ではない。エイリアンのような存在になっている)に、その島国が圧倒的な力で蹂躙されて行く。中には同じ国に生まれながら裏切者が出て、仲間を次々に失いながらも、少ない同志たちと共に”敵”と戦っていく少年剣士が主人公になっている。
俺が読んだのは冒頭だけだったが、結構面白い。
『どう思います?』
『そう言われても・・・・私は文学については貴方以上の素人ですからね。』
俺が答えると、彼はまっすぐに此方を見ながら、
『その作品を全部読んでから、問題の映画を観て下さい。依頼の詳しい内容については、それから話します。もしその上で”依頼は受けられない”と思われたなら、断って頂いても構いません』
彼はそういって、深々と頭を下げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます