PART4


 ひどく狭い、凡そ500ほどしか座席のないその映画館に入り、座ると間もなくブザーが鳴り、タイトルが一杯に出て、音楽が流れた。

 つまらなくはない。

 確かに画は綺麗だし、音楽もなかなかのものだ。

 だがやっぱり”どうにも喰いきれん”という気分しかしなかった。

 しかし他の観客(もっとも、この何とか禍のご時世だからな。客は一回の上映で全体の半分位しか入っていなかったが)は、どれもこれも、ハンカチを握りしめ、涙を流しスクリーンに見入っていた。

中盤に差し掛かる直前になって、青木君が先日俺に言った言葉の意味が分かり、

(なるほど)

 と思った。

 ストーリーがそっくりなのだ。

 何にそっくりだって?

 決まっているだろう。

 依頼人、即ち青木君がまだ無名時代の高校1年の時に書いたあのSF冒険小説。

”開化勇士物語”

 そのままだったのだ。

 いや、”そのまま”というのは語弊があるな。

 幾分ストーリーは変えてある。

”敵”に蹂躙されるところまでは同じだ。

 だが、青木君の書いたもののように、主人公の少年は敵と剣や武器を取って戦うことは殆どしない。

 平たく言えば、インドの”大聖マハトマ”こと、ガンディー翁か、かのマーティン・ルーサー・キング二世の如く、徹底した”非暴力”で対抗する訳だ。

 敵が圧倒的な武力を用いれば用いるほど、少年勇士は武器を使わず、

”音楽(ここで彼はギターとマンドリンを合わせたような弦楽器の名手ということになっている)”と”歌”を使い、”敵”を自分たちの側に惹きつけて行く。

 最終的に彼は仲間たちとバンドを組んで演奏をする。

 それによって”敵”を完全に崩し、そして遂には新しい世の中を作るために、皆で手を取り合って・・・・という具合な、どこかの大アニメ制作会社が好んでいそうな、

”めでたしめでたし”になっているのだ。

 しかし戦闘シーンがまったくないわけではなく、一部ではそうした争いの場面があるし、醜く人間臭い描写もあるにはある。

 その点で行けば、青木君のものとは違うと言えばそうなんだろうが、暴力がないことを除けば、筋書きその他はそっくりじゃないかと感じた。

 エンドロールが出て、館内が明るくなった時、観客は立ち上がってスタンディングオベーションだ。

 俺は立たなかった。

 そのまま何もせずに、出入り口に向かって通路を歩いて行く。

 他の観客たちはまだ拍手を止めず、一人だけスクリーンに背を向けて歩いて行く俺を怪訝な目つきで見ているのが、はっきり感じ取れた。


 ロビーに出ると、グッズなどを売っているコーナーの前に通りかかる。

 入れ替え制になっているのだろう。

 次の回の観客が既に列を成し、そこでプログラムやポスターなどを買い求めている。

 俺は横目で見ただけで、何も買わずに通り抜けた。

『ちょっと、すみません』

 出口に差し掛かった時、後ろから誰かが俺に声を掛けて来た。

 そこには映画のロゴが大きくプリントされたTシャツを着た若者が二人立っていた。

 一人は若い女、もう一人はそれよりももう少し年下の眼鏡をかけた男性である。

『あの・・・・お客さん。よろしければアンケートにお答えいただけますか?』

 女性の方が書類挟みのようなものを取り出し、ボールペンと共に俺に差し出す。

『何の?』

 俺は素っ気なく答えた。

 もう既にさっきの回の別の観客が、同じようなTシャツを着た二人組に、やはりアンケートの協力を求められている。

 そちらの方は素直に答えているようだ。

『いえ、この映画、”トミーと勇者たち”についての・・・・』

『強制ではないんだろう?だったら断る。俺は金を払って映画を観た。それ以上何かに協力する義務はないと思う』

 彼らはまた俺に迫ってこようとしたが、俺がかけていた眼鏡をむしり取り、わざと目を細めて(威圧するにはこれが一番効果があるんだ)睨みつけると、連中はそれ以上何もしてこなかった。


 俺はそのまま真っすぐ事務所に帰ると、受話器を取り、青木君の電話に掛けた。

『もしもし、俺だ。いぬいだよ。この間の依頼、引き受けよう。』

 それだけ答えて、受話器を置く。

 

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