PART2

 事の起こりは今から丁度6か月前、即ち昨年の10月半ばにさかのぼる。

一本のアニメ映画が公開された。

 時代劇と、メルヘンとアクションを合わせたような、一種の”異世界もの”といってもいい内容だったが、

 ストーリー良し。

 キャラクター良し。

 声優たちの演技良し。

 らしく、

 ネットを見ても賞賛の言葉しか聞こえてこない。

 いつもは辛口の批評で知られる有名映画評論家達でさえ、褒めちぎることしかしないのだ。

 

 作者は、その道の専門家ではない。

 ある有名な、所謂いわゆる”マルチタレント”と呼ばれる人物だった。

 ある時は俳優、ある時は脚本家シナリオライター、音楽プロデューサー、またある時はシンガーソングライター。そしてある時はラジオのディスクジョッキー・・・・正に”八面六臂はちめんろっぴの大活躍ってやつだ。

 テレビのチャンネルを合わせれば、彼の顔がどこかしらに出ていないことはないし、ラジオのスイッチをいれれば、彼の声が流れない日は滅多にないくらい。

 CDショップに行けば、彼が自分で歌っていたり、彼がプロデュースして、別の歌手が歌っているディスクが並んでいるのを見かけないことはないと言ってもいい・・・・etcである。

 その彼がアニメ映画製作に進出した。

 元々シナリオライターとして、アニメのシナリオに関わったことも多少はあったから、まんざら未開拓の分野という訳ではなかったんだろうが、製作総指揮、監督、さらには音楽までやってのけ、まるで”和製チャールズ・チャップリン”という有様だった。

(事実、映画が公開された頃、そんな呼ばれ方をしていたのを、俺も雑誌で読んだ記憶がある)


 アニメの制作には資金がかかる。

 彼はそのスポンサー集めまでほぼ一人で行ったそうだ。

 その上ネットなどで彼の俳優としてのファン、ミュージシャンとしての熱狂的ファンなどが煽りに煽ったものだから、予告編が完成した段階で、前評判と期待値がぐんと高まっていたというわけだ。

 そのせいか、一年かかって完成した映画は公開されるとすぐに、どこの映画館も満員札止めとなった。

 

 青木君はまだ一般公開する前に、出版社から試写会に招待され、出向いた。

 ある雑誌の編集者から、映画専用のウェブサイト向けに、寸評を交えたエッセイを書いてくれといわれたからである。

 

 正直に言って、そうしたエッセイや寸評の類は得意ではなかったが、日頃彼の原稿を評価してくれている編集者から頼まれたのだ。

 無下にも断るわけにも行かない。

”観たままの感想をそのまま書いてもいいんですね?”

 彼は依頼をしてきた編集者にそう念を押した。

”ええ、そりゃ構いません。先生の思った通りの感想を書いて下されば結構です”

 編集者氏はそう言っていたものの、

”あの映画を褒めない訳はないだろう”

 そういう思いが見え隠れしていたという。


 仕方ない。

 試写会に来ていたのは大方プロの評論家やマスコミ関係者ばかりだった。

 彼らはプロとして渇いた目と耳を持っている筈なのに、映画が終わって口から出るのは、

”いい意味で裏切られた”

 とか、

”正直あまり期待していなかったけど、これはいいよ”なんて言ってる手合いが多かったのにはたまげた。

 青木君はだが、何か得体の知れない違和感を感じた。それが一体何なのかは、最初は良く解らなかった。

 彼自身も顔見知りの編集者や評論家に、

”どうだった?”

 と声を掛けられたが、

”一度観ただけはちょっと分からないな”とだけ答え、その場を離れて仕事場に戻ると、件の編集者に電話し、原稿の執筆を少し先延ばしにして貰って、封切りになった後、自腹を切ってもう一度映画館に足を運んだ。

 だが、反応は試写会の時と同じだった。

 一般の観客達も感動している。

 

 中には涙を流していた者さえも見受けられた。

 エンドロールが終わるまで、殆どの観客が立ち上がらず、

 当然ながらエンドマークが出た後、観客は総立ちで拍手の嵐。

 何だか独裁国家のプロパガンダ映画を観せられた、そんな気分さえしてきたという。

 その後で彼の中に起こったもの・・・・彼は自宅の仕事部屋で考えに考え、調べに調べた。

 

 それからすぐに、ノートPCの電源を入れ、ウェブサイトにアクセスすると、自分の感じた通りの寸評を書いて載せた。

 何となく嫌な予感がしたものの、

 その予感が見事に的中してしまうとは、彼自身もまだその時は気が付きもしなかった。

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