いつからの恋


 授業中、熱を帯びた視線を送ってくる奴がいる。

 毎日、毎時間、僕を眺めている。確かに僕は学校一のイケメンだ。他のどんな男達よりも。

 だが、誰一人として本気で僕を好きになる奴なんていない。みんな僕をアクセサリーとして扱う。ただ女の子たちのステータスを上げるためだけに恋人を演じる。そんなの、学校中が知っている事だ。


 中瀬 凜々。こいつとは小学校から同じだが、名前を知っている程度。地味で暗くて、僕とは真逆の生き物だ。

 凜々と書いて「りり」と読むそうだが、見た目にそぐわなず「りんりん」と可愛いあだ名で呼ばれている。これは派手系な女子達が嫌味でつけたものだと後から知った。所謂いじめられっ子らしい。他にも影で色々されているんだとか。

 僕の知ったこっちゃないと思っていたが、どうやら原因は僕なのだと最近知った。僕と小学校から同じなのが気に食わない。そんな理由で? 女子って怖いな。

 とにかく、僕の所為で嫌がらせを受けているのは不本意だから、軽く牽制しとこうと思ったんだ。



「こいつ、僕のなんだけど」


 僕の取り巻き達に付け回され、時々髪を引っ張られている凛々を見かけたので、思わずそう言って頭をぽんぽんしてみた。


「え、なに、あんた、こんなのとも付き合ってんの?」

「お前らとは違うよ。こいつ、本命だから」

「はぁ!? 何それキモっ! マジで意味わかんない」


 取り巻きのリーダーっぽい奴が色々と言うだけ言って立ち去った。


「ありがとうございます」

「いや、いいよ。これって僕の所為なんだろ? むしろ悪かったな」

「いえ、大丈夫です。慣れましたから」

「慣れんなよ。 ずっとなの?」

「はい。でも、大丈夫です」

「何が大丈夫なんだよ。僕の事が好きだから?」

「······はい」

「ふぅん、デートしてみる? 1日3000円でレンタル彼氏やってんだ。どう? やってみない?」

「嫌です。私は本気であなたが好きなんです。そういう事をしているのも知っています。私なんかじゃあなたに釣り合わないから、1度だけでも夢を見れたら····なんて思ってお願いしようかと悩んだ事もありますが····」

「じゃぁいいじゃん。本気でって言うけど、どうせすぐ飽きるよ。僕みたいな何もない奴······。そうだ、お詫びに1回だけタダでデートしてあげるよ。それで確かめてみたら──」


 バチンッ──



 僕は思い切り頬を平手打ちされた。なんで?


「私は本気です! 小学校の頃からあなたを見てきました。あなたが段々と捻くれていくのも、自暴自棄になっていくのも、時々とても寂しそうな顔をしているのも。私は······私は、あなたのそんな姿を見る度に私まで苦しかった······」

「なんだよ······。同情? 哀れんでんの? 何様だよ。僕の何を知ってるんだよ」

「知ってますよ。知っていますか? 私がどんな気持ちであなたを見ていたか」

「知らないよ。お互い何も知らない。だって違う人間だもんな。もういいよ。お前しんどいわ」


 教室に戻ろうとした時、後ろから凜々が抱きついてきた。



「こんな細い身体で耐えてきたんですね──」




 ──────




 あの人の名前は立花 紫音。

 小学生の頃は明るくて正義感が強い真っ直ぐな人だった。将来の夢は警察官だと言っていた。いつだって瞳がキラキラしていて、私とは正反対の存在に只々憧れた。


 中学に上がり初めて違和感を覚えたのは、制服が半袖に変わった頃。手首に包帯を巻いてきた日だった。先生に聞かれて捻っただけだと言っていたが、時折手首を掴んで怯えたような表情をしていた。

 誰もそれに気づいていないようだった。それから少しずつ、様子が変わった。


 高校に上がると日に日に軽薄さが増した。

 もはや私が憧れた輝く存在ではなくなっていた。

 誰とも深く関わらないように、上辺だけの付き合いをしているように見えた。その場しのぎの関係で問題を起こす事もあった。



 高校生活も残り数日だと言うのに、私はまだストーカー達に意地悪をされていた。こんな所、あの人には見られたくなかった。あと数日で、こんな醜悪な世界など知られぬまま、あの人は華々しく卒業するはずだったのに。

 恥ずかしいやら申し訳ないやらで、どうにもいたたまれなかった。



 私の気持ちを無視するし自身を軽んじるものだから、思わず平手打ちをしてしまった。言うつもりじゃなかった事をペラペラと。


 振り返った背中が弱々しく見えて、思わず抱きついてしまった。



────



「ずっとあなたを見ているうちに、いつの間にか、あなたが愛おしくて仕方がなくなって。ねぇ、私と生きてみませんか。」



 彼女の身体は硬直していて、私の手にはぼたぼたと涙が落ちてきた。

 そして、振り返った彼女に力いっぱい抱きしめられた。私達は暫く、そのまま動かなかった。





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