17年の秘め事


【閲覧注意】

 少し胸糞の悪い話です。何でも来いという方のみ読み進めてください。



◆◆◆



 妻は天真爛漫な人だった。引っ込み思案で人見知りな僕には勿体ないくらい、朗らかでいつだって輝いている人だった。

 性格は真逆なのに趣味や考え方は似ていて、周囲からは似た者夫婦だとよく言われた。



 そんな妻が失踪して、早いもので十七年が経った。

 事件なのか事故なのか、はたまた家出なのか。真相は分からないが、未だ僕の元には帰ってきてない。



 この十七年間で幾つかの変化があった。

 妻が可愛がっていたペットの猫が死んだ。妻が失踪して二年目の春だった。


 妻が愛してやまなかった宝石類が空き巣に入られ盗まれた。妻が失踪して十年目の夏だった。


 妻の得意だった料理を僕は忘れた。妻が失踪して十六年目の秋だった。



 僕はこれらを、自身の日記を読み返して知る。約一年前、若年性アルツハイマーと診断されたらしい。

 妻の顔は写真を見て時々思い出す。この写真に写っている美女が僕の妻だと理解できるのは、これが最後かもしれないと思う。きっと理解する度にこの気持ちを抱いているのだろう。なんとも苦しいものだ。

 頭の中にある線のようなものが繋がっている時、僕はいつだって妻を想い、再び忘れてしまう事を恐れる。



 愛する妻が失踪して十七年目の冬。

 僕たちの家に、どうやら何者かが住み憑いているようだ。と言うのも、天井から頻繁に物音が聞こえるのである。勝手な勘だが、動物などではないと思う。それなりに古い家なので、何かがいても何ら不思議ではないだろうが。

 いつからしているのかは憶えていない。日記にも書かれていないから、皆目見当がつかない。

 少し気味が悪いので業者を呼ぼうと思っているのだが、何故だか後回しにしてしまっている。


 ふと、どこからか声が聞こえた。


「ねぇ、出してぇ」


 これは妻の声だ。間違いない、そう確信した。

 僕は辺りを見回した。だが、妻の姿はない。もう一度耳を澄ます。


「私はここよぉ。ねぇ、あなたぁ。ここから出してほしいのぉ」


 妻の気の抜けるような軽い、それなのに耳に纏わりつくような妖艶な声。

 その瞬間、脳に電撃を食らったかのような衝撃と共に全てを思い出した。妻が猟奇的な殺人鬼であったことを。百人近い人を殺め、あまつさえ僕たちの子をも殺していた事を。

 散歩に出たついでに、コンビニに買い物に出たついでに、すれ違った人や見かけた人を手にかけていたのだ。そして、身篭っては堕し、不妊であると装っていたのだ。身の毛もよだつとはこれかと実感した。


 妻は天真爛漫などではなく精神異常だったのだ。私は天井に向かって話す。

 命を奪う事を快楽とし、微塵も悪びれた様子はなかった。それはまるで、衝動的に夜中に甘味を欲しコンビニに行くそれと変わりない感覚だと、彼女は言った。多少の罪悪感と、スイーツを目前に覚える高揚感、一口頬張った瞬間の充足感が堪らないとも言った。


 彼女は異常だ。だが、それでも愛した事は間違いない。彼女の屈託のない笑顔に恋をし、美しい黒髪に欲情し、白い肌に埋もれた。紛れもなく彼女と一端の家庭を築こうとしていたのだ。そして、全てを承知してなお、僕は彼女を愛する事をやめられない。

 さらに、隠匿体質が僕を狂わせた。僕は妻を屋根裏に幽閉した。



「生涯、僕が守るから。君はここから出てはいけない」




 そして、僕は僕を守る為に、脳を狂わせた。これは日記にも書き残せない、僕と妻の秘め事。




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