Side:Seiya 2

 2月12日、金曜日。

 今年はバレンタインデーが日曜日という事もあって今日が男子にとっても女子にとっても決戦の日になるのだろう。

 『決戦は金曜日』なんていう歌もあったなぁと思いつつ家を出た。

 残念ながら今朝は咲良ちゃんとは一緒に登校出来なかった。


 学校へ着くと、何となくソワソワフワフワした空気が漂っている。

 自分の靴箱の前で肩を落としている男子が居ると思えば、綺麗にラッピングされた箱を手に取って歓喜の声を上げている男子も居る。


 悲喜交々、バレンタインデーの風物詩みたいなものだ。


 俺はと言えば、以前二人の告白を断ってからは色気付いた話も無く、また俺の気持ちは咲良ちゃんにしか向いていないので、今日はただの金曜日だ。






 「え?」


 自分の靴箱の蓋を開けると、上履きの上にピンク色のリボンが掛かった赤い箱。

 リボンと箱の間に箱と同じくらいの大きさの可愛らしい封筒が挟まっていた。


 「おぉ?誠也くん早速1つげっとですな。」


 背後から声を掛けられて一瞬びくっとなりゆっくり振り返った。

 そこには、この場面を一番見られたくなかった人が立っていた。


 「さ、咲良ちゃん…おおお、おはよう!」

 「朝から幸先いいじゃないの。今年はいくつ貰えるかなぁ?」


 何と返せば良いものやら、頭の中が真っ白になった俺には思い付く筈も無く、手に持った赤い箱をさっと鞄に押し込んだが、『やったね!』という感じの顔の咲良ちゃんを見て、何とも言えない気持ちになった。


 「ほら、のんびりしてるとホームルーム始まるよ。」


 咲良ちゃんは俺に素っ気なく言って、パタパタと教室へ向かって去って行った。

 俺は去って行く咲良ちゃんに何も言えず、ただ立ち尽くしてしまっていた。


 何て朝だ。

 誰だか分からないけど人の恋路を邪魔するとは。

 いや、これを俺の靴箱に入れた人には俺の気持ちなど知り得ない事だな。

 取り敢えず箱から封筒だけ外して内ポケットにしまい、箱は鞄の奥深くに押し込んで、溜息を吐きながら教室へ向かった。




 授業中、俺は内ポケットから封筒を取り出し、音を立てないように中の便箋をそっと取り出した。


 『加藤君へ ほんの気持ちだけど受け取ってください。 水原より』


 水原愛菜みずはらまな

 学校でも一、二を争う美貌の持ち主と言われるクラスメートの女子だ。




 「な!?」


 思わず声を出してしまうが、席周辺の数名がちらっとこちらを見た程度で済んだ。

 が、そのちらっと見た人の中に手紙と箱の送り主である水原さん本人が居た。

 水原さんは一度だけ目を閉じて、またすぐ黒板の方へと向き直った。


 水原さんが俺に?

 こんな事知れたら、学校中の男を敵に回してしまう。

 そんな事より、咲良ちゃんに知られたら誤解を招いて更にとんでもない距離が開いてしまいそうだ。




 俺は、校内随一の美女からチョコを貰った事よりも、咲良ちゃんにどう言おうかと、そればかり考えていた。

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