Side:Sakura 2

 私の名前は片桐咲良かたぎりさくら

 この街へは9歳の時に父親の仕事の都合で引っ越して来た。

 前住んでいた所と違って静かな住宅街で、休みの日は子供のはしゃぐ声がよく聞こえてきた。


 そのはしゃぐ声の中に、隣に住んでいた男の子の声もあった。

 彼の名前は加藤誠也かとうせいやくん。

 引っ越してきてすぐに挨拶に行った時、同級生が居ると聞いて『どんな子かな』と思って会えるのを楽しみにしていたけれど、誠也くんは外へ遊びに行っていて居なかった。


 誠也くんは、学校へ行く道が分からないだろうと、転校してきてすぐの私と登下校を一緒にしてくれた。

 勿論、時が流れると共にお互い都合がつかない日が増えてきて一緒に歩く時間は減っていったのだけれども。

 あまり話をする機会には恵まれ無かったのに、何となく誠也くんと一緒に居ると心が安らぐと言うか落ち着くと言うか。

 そんな彼の雰囲気もあって、私の気持ちは次第に誠也くんに向いていった。


 何か口実を作って誠也くんと少しでも話がしたい。


 その想いは日増しに強くなっていったけれども、これと言って妙案が浮かぶわけでもなく、悶々とした日々を送っていた。


 それでも何か考えて自分が動かないといつまでも変わらないと考えた私は、『誠也くんに何かを借りる』という手段を思い付いた。

 そうすれば借りに行った時と返しに行く時に会って話が出来る。


 何を借りに行こうか。

 参考書とかいいかな。

 幸い成績は良い方だと思うので、勉強絡みなら変な印象も与えないだろうから。




 「びっくりした!」

 「そんなに驚かなくてもいいじゃないの。」

 「突然どうしたの?参考書?咲良ちゃんの方がもっとレベルの高いやつじゃない?」


 誠也くんは机の横にある本棚へ行き、綺麗に並べられている本を眺めていた。


 「数学だけはどうも苦手なのよ。」


 誠也くんは『ふぅん』と言いながら数学の参考書を手に取ってページをパラパラと捲ってから私に差し出した。


 「これでいい?」

 「ありがと。」


 出来るだけ明るい笑顔を誠也くんに見せた。


 けど、折角誠也くんに会えたのに話題が思い付かない。

 そうだ。

 誠也くんに会う事ばかり考えて、会ったら何を話そうかという大事な部分を忘れていた。

 と言って無言で部屋に居座られても誠也くんも居心地が悪くなるだろうから、私はそのまま部屋を出て自分の家へと足早に戻っていった。












 「何やってんのよ私ぃぃぃ!」


 借りた参考書を机の上に置くと、そのままベッドに倒れ込んで枕に顔を押し付け、思わず叫んでしまった。

 何と勿体無い会い方をしてしまったのか。

 折角話をするチャンスが準備段階で破綻していたなんて。


 けどまだチャンスはある。

 この参考書を返しに行く時がある。




 私は誠也くんから借りた参考書を怒涛の勢いで解き、返しに行く時の事を頭の中で巡らせた。

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