第69話 慈愛3

 疋嶋と野島は小泊の勧めで、そのまま研究所に泊ることになった。

 地下一階の研究員寮の空き部屋を使わせてもらい、この事件が解決するまで、ここに滞在することを許された。

 野島の熱い言葉で落ち着きを取り戻した疋嶋はその晩はぐっすりと眠った。それは野島も同様だ。

 そして翌日、研究員の足音で目が覚めた。部屋の外に出てみると、昨日とは明らかに違う。施設内に緊張感が走り、血相変えた研究員が小走りで駆けていく。

 疋嶋と同じように騒々しさで目を覚ました野島が隣の部屋から顔を出した。

 二人は目を合わせて、軽く頷く。


「すみません、何かあったんですか」


 疋嶋は近くにいた研究員を引き止めようとするが、強張った表情の研究員は会釈をするだけで、逃げるように走り去ってしまう。


「ちょっと、待ってよ」


 野島は研究員の手を掴むと、いぶかった目を向ける。


「忙しいので」


 まるで部外者の二人には関係ないと言った表情だった。しかしこの研究所ないしはタカマガハラで何かがあったに違いない。

 一旦、部屋に戻り、寝巻から私服に着替えると、部屋を飛び出した。他の研究員と同じように小走りで、地下二階へと続く階段に差し掛かろうとした時、背後から小泊の声が聞こえる。


「探しましたよ」


 振り返ると、顔色の悪い小泊が立っていた。目の下にはクマがあり、ハンカチで吹き出した額の汗を拭いている。昨日に比べ、体調も悪そうで、昨晩はあまり眠れていていないといった様子だ。


「部屋にいなかったもので」


 小泊がそう言って、おぼつかない足で近づいてくる。


「俺たちも飛び出してきたんですよ。昨日とは様子は違うから、何かあったのかと思って」


「詳しいことは歩きながら話しましょう。取り敢えず、地下三階の第一管理室に向かいます」


 小泊は二人の間を通り過ぎると、階段を駆け下りた。


「まず、昨夜未明に疋嶋さんのアカウントがタカマガハラにログインしました。今回もIPアドレスの履歴だけで、アバターは確認できません。それも出現した時間はコンマ一秒にも満たない一瞬です。システムのバグのようにも思えましたが、アカウントがアカウントですし、一応調べようと思ったのですか……」


 地下三階に到着した小泊は第一管理室の扉に手を突いた。


「タカマガハラの制御が利かないんですよ」


「乗っ取られたということ?」


「ええ、簡単に言えばそうですね」


 小泊の手紋に反応を示した扉が開く。管理室の中からは人の熱気が流れ出た。昨日とは全く違う張りつめた空気と、汗のにおいが漂う。

 騒然とした雰囲気が事の重大さを物語っていた。


「タカマガハラの監視はこの第一管理室で行っているのですが、内政的な管理に関してはタカマガハラのハコニワに建てられたバベルタワーにて行っています。あのタワーに入れる人間は限られていて、この研究所の人間と一部のVIPのみ。しかし、未明。疋嶋さんのアカウントが確認された後、我々および他のVIPの方々もバベルタワーへと介入が一律、ブロックされたのです」



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