第62話 研究所3
「これがタカマガハラの管理室……」
呆然と立ち尽くした疋嶋は子供のような目で、その大きくそびえたつ管理室の全貌を見渡した。
「ここで全ての利用者の管理、監視を行っています」
「じゃあ、官僚の情報漏洩事件の犯人も分かっているの?」
野島は透かさず問いかける。すると小泊は唇を噛み締めながら首を横に振った。
「それが……アクセス元を割り出すことができないのですよ。秘匿化させるソフトを利用しているにしても、どこかしらの場所が推測できるのですが、疋嶋さんのアカウントを利用したアクセス元はこの地球上にどこからも発信されていないのです」
「それでAIという見解に至ったと……」
「最初はそうでした。しかしタカマガハラは脳内マイクロチップの電気刺激により、夢に感覚を与えるソフト。つまり、実態のある人間が居なければ、利用することは出来ません。だが仮に今回の犯人が自立思考型のAIだとすると、マシーンが夢を見たことになるのですよ」
「いくらAIでもそれは不可能ですよね。その技術的な特異手を超越してしまったら、もう人という存在は不要になってしまう」
「全くその通りです。いまの技術……いえ未来永劫、データベースのマシーンが空想物を創造することはできません。そもそもタカマガハラの夢は人の想像が生み出した世界のですよ。それを裏付けるようにマイクロチップが受信するニューロンは海馬から発せられた夢を見るための新生ニューロンしか受信しません」
「将棋やチェスで人間を負かすことはできても、AIが機械である以上、アイザック・アシモフのロボット工学三原則のようなものが守られるということか。例えば、AIが文化人を超えるような芸術品が作れないように」
「確かに技術的特異点を起こさぬようにある一定の水準を設けているのは正しいです。しかしそれを無視して技術の粋を注ぎ込んだとしても、脳である人が一から完璧な脳を創造することは不可能です。AIのディープラーニングとは既存の情報を基にしたデータの再編。マシーンが夢を見るわけがありませんよ」
小泊は顎を触りながら大きなモニターを見つめた。
「それにここでは二十時間三六五日、常に監視を怠ることはありません。そして運営開始からウイルスのようなものは一切、検出されたことがありませんでした」
「やっぱり分からないのね。それより肝心な士錠兼助はどこにいるの? あたしたちは士錠兼助に会いにきたのよ」
「所長は行方不明でして……そこで私が仕方なく、研究所を統括しているのです」
「いつから行方が分からないんですか」
「確か、八月の十四日からです」
「それって……」
疋嶋は野島に顔を向ける。
「官僚の情報漏洩事件があった日よ」
野島は深く頷くと同時に目を細める。この日は週刊誌の記者に初めてカメラを向けられた屈辱の日付だった。
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