第63話 研究所4
「私はその時もこの管理室にいました。隣には所長がいて、モニターを観察していました。その時です。亡きはずの疋嶋さんのアカウントが現れたのですよ」
小泊は管理室にあったタブレットを持ち出した。ロックを解除し、スワイプしてその時の録画映像を出す。
「ここを見て下さい」
ディスプレイには二つの画面が表示され、タカマガハラのアクセス記録の一覧と実際の内部映像が表示された。
小泊が動画を再生させると、町中の監視カメラのような映像が展開され、上部にはタカマガハラの番地のようなものと日時が示されている。
「私たち運営はハコニワの映像管理権を持っているのですが、この映像は八月十四日の正午に撮影されたバベル付近の映像です。そしてこちらの画面も同時に見て下さい」
小泊が指さしたのはその画面に映っている利用者のアドレスをリアルタイムで記録したものだった。
「この画面はこちらの映像に映し出せた利用者のアドレスのみを表示しているのですが、ここです」
ディスプレイを触り、二つの動画を停止させる。
「この瞬間、こちらの画面には疋嶋さんのアドレスが表示されているのですが、この時に撮れた実際の内部映像には疋嶋さんらしきアバターは映っていないのです」
「まさか……」
疋嶋は画面を見つめ、内部映像に映りこむ人数とアドレスの数を数えてみた。するとやはり、アドレスのほうが一件だけ多い。これではまるで疋嶋の旧アカウントが透明人間のようになっているようだ。しかしアドレスは実際記録されているため、その空間に存在していたことは確かである。
「所長はこの違いを見つけたのです」
「じゃあ士錠兼助はそのアカウントが現れる時、あなたと一緒にいた。そしてこの不具合を見つけた後、失踪したのね」
「そうです。その後、慌てた様子で所長室に帰りました。それから数時間が経っても戻られないので、姿を確認しに所長室に尋ねたのですが……その時には既に」
「怪しいわね。なぜそんないそいそとこの研究所を出る必要があったのかしら……」
野島は疋嶋のアバターについては一切触れず、士錠の動向について言及する。しかし疋嶋は小泊の話を聞き、その嫌疑は晴れたものだと断定した。
まず、士錠にはアリバイがある。最初の事件の時、士錠は小泊と共にいた。そしてなぜ、疋嶋を旧東洋脳科学研究所に向かわせたのか。
疋嶋は二人の会話を聞き流しながら様々な憶測を考えた。
「ノンコ。多分、士錠も俺たちと同じなんじゃないのか」
「どういうこと?」
「つまり、俺たちが事件を追っているように士錠も事件を追っている」
「それは確かにそうだと思う。でも裏で施策していることも確かよ。あたしが言える立場じゃないのは分かっているけど、陽介を呼び寄せた意図だって分からない。殺人には実行罪と教唆罪があるの。その場にいなかったのだから絶対的なアリバイがあるとは限らないわ」
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