第60話 研究所1

 新しく建造された東洋脳科学研究所は沖縄の本土の外れにあった。那覇からは遠く離れた北部の国頭村へ電車で向かう。離島ではないが、県民も近づかないであろう浜辺の先らしく、近くまではバスで移動した。

 バスの行先には東洋脳科学研究所の文字は無く、ただ「旧北部訓練場跡」と表示されていた。

 バスを降りてからも山肌の見える丘を越え、その先の浜辺にまでは徒歩で移動しなければならない。息を切らしながら丘の下りに差し掛かると、市街地の裏側が一望できた。元米軍基地ということもあり、滑走路の跡やアスファルトの白線だけが無残に取り残されている。もうその場所には施設などは無く、そのほとんどが既に取り壊されていた。

 丘を下り、防波堤を乗り越え、浜辺に降り立つ。しかしその先には海が広がっているのみで、施設らしき建物は何一つ見当たらなかった。


「どこにあるの? 何も見えないけれど」


 野島は習志野にあったような建物を思い浮かべていた。しかし、浜辺には研究所はおろか海の家すらもない。金持ちのプライベートビーチのように、人っ子一人見当たらず、さざ波と海鳥の鳴き声だけが、このビーチの全てだった。

 ところが染白は波が打ち付けるテトラポットの先に伸びるコンクリートの桟橋を指さした。


「もう見えていますよ。あの先に」


 二人はぽかんと口を開き、首を傾げた。


「俺には何も見えないんだが、ノンコには見えているのか」


「いいえ、あるのはコンクリートブロックだけよ」


「取り敢えず、ついて来てください。近くに寄れば見えますから」


 染白はそんな二人を置いて先行し、一人で浜辺を速足で歩いた。仕方なく染白についていくが、やはり施設があるようには思えない。


「ここまで来れば、見えますよね」


 染白は再び何もない海を指さす。そこにはやはり何も見えない。青い海が太陽の光で反射している。

 だが染白があまりにも動じずに堂々としているものだから、もう一度じっくりと目を凝らした。するとその海に違和感を感じ取った。波の動きが染白の差す部分だけ、違う。右から打ち付けられた波がその部分だけ左から打ち付けられている。

 疋嶋は目を細め、入念に観察することによってあることに気が付いた。


「鏡か」


「そうです。入り口を鏡張りにして姿を隠しているのです」


 それ聞き、注意して見ると野島も気が付いた。それは小さなドーム型でまるでイヌイットのイグルーのようだった。全面を鏡で包み込み、背景に同化している。さらに長崎の出島のように特徴物の存在しない海上のため、よく見ないと気が付ないのだ。


「やけに小さいみたいだけど……あれがそうなの?」


 長い桟橋を歩きながら野島が問いかけると、染白は淡々と答えた。


「あれが全貌ではありませんよ。旧研究所と違い、こちらは海底に広がっています。海面から三十メートル下へと伸びたエレベーターで潜り、海底下で建造された研究施設へと入ります」


「そんなに潜って、電波は届くのか」


「もちろん、公営の電波塔から発信させる電波は届いません。その上、ここ一体の海面にはジャマーが仕掛けられているので、無線の電波が入ることはないでしょう。しかしタカマガハラなどのインターネットシステムは独自の海底ケーブルを使用し、直接的かつ一方的に受信しています」


「それもこれも、傍受を防ぐためか」


「ええ、この場所はCIAでもMI6でも見つけることができませんよ」


 染白はそう言って、鏡の扉に手を置いた。

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