第17話 旧友1

 蛭橋のオフィスには警察庁からの指令書が山積みになっていた。

 ぼんやりと書類の山を見つめ、目を逸らす。今は他の仕事を確認する気にもなれなかった。


 まるで不動産屋のような出で立ちをしたこの場所には警察が公に捜査できない極秘任務が集まる。このような場所は都内数件に分散されているが、極秘捜査官たちは互いの顔すら知らない。決して協力することはなく、相互不干渉を貫いていた。

 蛭橋のデスクトップには疋嶋のプロファイリングが表示されている。官僚の機密サーバーのクラッキング事件。この解決がなによりも先決だった。

 冷房の効いた部屋だというのに汗を滲ませている蛭橋は扇子で仰ぎながら、パソコンの画面を睨んでいた。

 幾度もホイールを転がし、プロファイリングを読んでは首をひねる。確かに疋嶋には確たる証拠があった。徹底的に電子化が進んだ現代で最も重要となるIPアドレスの偽装はほぼ不可能だ。関係のない赤の他人が使える代物ではない。

 だがどこか引っかかった。一度会った人間の人相を見れば、その者がどのような人間か察しがついた。長年の勘と言うやつである。

 しかし疋嶋の実家の前で顔を見た時の妙な違和感をどうしても拭えない。本当にあの男がクラッキングしたのかだろうか。

 背もたれに体を任せ、目頭を押さえながら蛍光灯を見つめていた。

 するとノックのせずにオフィスの扉を開く。


「先輩……洗えましたよ」


 その声と共にオフィスに入ってきたのは幡中だった。手にはUSBメモリを持っている。


「分かった、早速見せてくれ」


 USBメモリをデスクトップに接続し、ファイルを開くと士錠兼助の情報が一覧となって表示された。


「先輩の読み通り、この男が一枚噛んでいますよ。タカマガハラ制作チームからの足取りが掴めました」


 幡中はそう言いながらパソコン画面に指を添える。


「東洋脳科学研究所……聞いたことないぞ」


「あまり大々的に取り上げられたことはありませんから」


「どんな場所なんだ?」


「主な研究はBMIです」


「ブレインマシンインターフェイスか」


「この研究所の歴史は長いんですよ。関東軍の七三一部隊の後釜が国民感染症研究所なら陸軍習志野学校の後釜がこの東洋脳科学研究所なんです」


「五一六部隊の国内研究所か……だがあれは毒ガス専門ではなかったのか」


「実は戦後、七三一部隊の研究資料は全て米軍に没収されたのですが、その時に一部資料が習志野学校に移されました。その研究資料にあったのは主に人の神経系に関する実験資料。そこから戦後の日本研究会は極秘裏に人の脳に関する研究をこの場所で行ってきたのです」


 確かにこの習志野学校の跡地は戦時中の毒ガス研究による土壌汚染が検出され、完全に封鎖された。

 一般人の立ち入りはおろか政府関係者なども健康上の理由を上げられ、硬く立ち入りを禁じられている。その場所が東洋脳科学研究所と名前を変え、誰の目にも触れない極秘実験を行う場所になってもおかしくはない。

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