第18話 旧友2
「そこに士錠が在籍していたと……確かに興味深いな」
「はい、そして今回の事件は一つの意志を持ったウイルスがクラウド上を自由に行き来した痕跡があります。一からプログラミングを組み、クラッキングしたというよりは一種の人工知能ウイルスを手懐け、それを人が制御したと言ったほうが正しい」
「つまり、デジタルの狩猟犬というわけか」
「簡単言えばそうですね。それが縦横無尽に動いているフィールドこそがタカマガハラ。脳内マイクロチップが見せる夢想空間で起こった事件です。そしてその時に使用された疋嶋のアカウントなのですが、この疋嶋陽介も同じ東洋脳科学研究所の在籍記録があります」
「なんだと……つまり疋嶋の死を偽装し、アカウントのみを士錠が奪ったというのか」
互いに接触があったとすればIPアドレスの偽装も考えられる。
本来、タカマガハラにおいては亡くなった人のアバターは停止され、二度と復活することはない。しかし書面上では疋嶋が亡くなったとされても、脳内マイクロチップは脳の機能が停止するまで確実にそのシナプスを受け取っている。つまりそのアカウントが自然消滅することは決してない。
これはあくまで推測に過ないが、疋嶋のアカウントを取り出し、全く別のファイルに保管していたと考えられる。ログインを止め、アバターを隠してしまえば履歴は残らず、保管されたアバターのみが生き続ける。
士錠が疋嶋を生かさず、殺さずそのアカウントのみを利用し、起こした犯行だと推理できるのだ。
制作に関わった士錠にとってタカマガハラは自分家の庭のような存在。全てを知り尽くしていると言っても過言ではない。
「それなら辻褄が合いますよ、今回の東堂紬の記者会見だって……」
「確かにあの一件で報道は完全に制御を失った。国民に今回の事件への関心が集まるのも時間の問題だな」
「この一連の流れが士錠による愉快的な犯行だと考えれば、自分の力を誇示するために本来、芸能ゴシップで埋め尽くされる報道欄に一石を投じることが出来る」
幡中の言葉に付け足すように言った。
「さらにネットに流出された中継映像。情報社会と言うものは一つそのジャンルをつつけば麻疹のように一気に広がる。いくらテレビがクラッキング事件を隠そうとしても国民の関心が逸れることはない」
蛭橋は席を立ち、窓の外を眺めた。
「士錠が起こした事件で間違いな。あいつの迷惑な野心がこの騒動を巻き起こしたんだ。よし……すぐに奴の事務所に乗り込むぞ」
蛭橋は扇子を閉じ、机の引き出しから拳銃を取り出した。
「でも、ただそれだけなんでしょうか、確かにこれは俺が考えた真相です。士錠がやったという証拠はあっても、どこか動機に引っかかりますよ。ただの野心でここまでことを……」
悩む幡中の肩に手を置いた。真っすぐと正面を向き、目を合わせようとしない。
「パソコン画面や書面。そこから犯人を割り出し、逮捕に至る。それはお前が昔いた職場のやり方だ。だが残念ながら今の上司は元科捜研じゃない、元刑事だ。現場に行ってみないと分からないことだってある。心配するな、俺が付いている」
蛭橋はそのまま幡中の脇を通り過ぎた。ドアノブに手をかけ、足を止める。
「今回ばかりはこいつ……使うかもしれねぇ。もしもそんときは俺に構わず撃て。お前の判断は俺が保証する」
そう言って扉を開け、オフィスから出て行った。
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