第15話 流転4
「あたしたちが大学を卒業した年、つまり二〇三一年はHMI元年と言われた年なのよ」
「HMI? 何の略称だ」
「ヒューマンマシンインターフェイス、つまり人と機械をつなぐという意味。この年から日本では本格的にマイクロチップのインプラントが施行されたわ。この三〇年代は言わば、新たなるデジタル社会の黎明と言っても過言ではないわね」
「たった一年前までの記憶ではそんなの聞いたことないぞ。日本ではもっと先の話だと思っていた。それがなんで急に?」
「別に秘密にしてはいなかった。でもみんなそんな近未来的な噂を信じなかっただけ。一年前だって都市伝説のような扱いで耳に入っていたでしょ」
疋嶋は記憶を思い起こしながら答えた。
「確かにな、でも体に機械を入れるなんて常識外れだ。国民は毛嫌いしただろ」
「ええ、スマホが発売されたときやマイナンバー制度が始まった時と同様、みんな最初は警戒していたわ。しかしそのインプラントにメディアが協力してからはみんなすぐに手のひらを返して、マイクロチップを信じ始めた。安心、安全、便利の三つが揃った神話が始まったのよ」
「信じらんねぇがな、それで今ではスマホのように皆当たり前のように使っているわけか」
「そうね。そして新型機種として脳内に埋め込みより利便性に優れたマイクロチップがアメリカのソフトアップ社から登場したのよ。それが今陽介の視床下部の上部に埋め込まれている代物」
「それからどうなった?」
「一つの大きな進化は連鎖を生む。今度はその脳内マイクロチップを使ったソフトウェアが開発された。しかも日本が独自に作ったソフトよ。その名も“タカマガハラ”これは脳内に埋め込んだマイクロチップを動かして仮想現実を作りだす」
「仮想現実? 例えばVRゴーグル見たなものか」
「あれはどちらかと言うとAR、拡張現実に近いものね。でもタカマガハラはそうじゃない。むしろ感覚的に言えば寝ている時に見る夢に近いかも」
「じゃあ夢を見させるソフトなのか」
「似ているようで少し違う。タカマガハラの一番の特徴は感覚のある夢なのよ」
「夢だって感覚はあるだろ」
「夢に感覚はないわ。仮に夢の中で怪我しても痛みは感じない。つまりあれは視覚情報だけ確立された世界なの。それでも人は夢を夢だと気が付く明晰夢を見ることができるのは五人一人程度。八割の人は視覚情報だけの夢を現実だと勘違いしてしまう。でもタカマガハラはさらにその上、視覚情報をもとに体性感覚野を刺激して、感覚を与える。さらに使用者には同じ夢を見させて、情報を同期されることによって、一つのバーチャル空間を作り出しているの」
「よく分かんねぇけど、一言で言ったら。現実にもう一つその電脳世界を作り出したってことか」
「ええそうよ。そして今回の情報漏洩事件。それはこのタカマガハラを介して抜き取られたのよ。恐らくだけとタカマガハラのアバターにウイルスを入れ、マイクロチップから機密サーバーに乗り移り、情報を奪取した。これでいままでの安全神話が崩れたわ。そして警察が漏洩元のアカウントを探ってみたところ、もうすでに破棄されたあなたのアバターのIPアドレスに辿り着いたというわけ」
「俺がハックしたとでも言いたいのか。その失った八年の間に」
野島はじっと目を見つめたまま、渋い顔をした。
「つまりこの事件……解決できるのはあなたただ一人なのよ」
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