第14話 流転3
「あたしの話はここまで。重要なのは陽介、あなたよ」
野島はそう言うとハンドブレーキを引き、エンジンを切った。駐車したのは寺院の目の前だった。
石柱には「天台宗」と大きく刻まれている。山奥を走行していると思ったがまさかこんな寺院に用事があるとは思わなかった。
「降りて、あたしについてきて」
野島は車を降りると石畳を踏み越え、境内に入っていった。伽藍を回り込み、建物の裏へと進んだ先には住職が管理している墓地が広がっていた。
「おいこんなところになにがあるんだ?」
「これを見て頂戴」
墓石の前に立つと野島はおもむろに指を差した。
「これは……」
二人は目を合わせる。
墓石にははっきりと「疋嶋家」と書かれていた。
「残念だけどあなたのご両親はお亡くなりになられたわ」
その言葉を聞いてもあまり驚かなかった。疋嶋は三十歳を過ぎている。結婚して子供がいてもおかしくはない年齢。おのずと両親の死も入院している時から予想していたとだ。そのため取り乱すわけでもなく、静かに頷いた。
「そしてもう一つ、驚くとは思うけど、ここにはご両親だけじゃない。あなたも入っていることになっているの」
「どういうことだ……」
真夏だというに背中から首筋にかけて凍ったように冷たくなった。眉間にしわが寄り開いた口が塞がらない。
野島の言っていることが全く理解できなかった。しかしその目は嘘をついているようにも見えない。脳よりも体が先に名も知らぬ恐怖心を呼び起こした。
「つまり、疋嶋陽介はもうこの世にはいないことになっている」
「俺が死んでいる……」
「でもあたしの目の前に立って、こうやって会話をしているあなたが幽霊と言うわけではないわ。しっかりと実態はあるし、肉体だってある。でも戸籍上、疋嶋陽介という人間は存在していないの」
高まる息を落ち着かせながら、墓石に手を当て、じっと考えた。
「だから警察も追ってこない……そういうことか」
「呑み込みが早いわね、当たりよ。あなたはいま警察に追われている。さっき渡した週刊誌に書いてあったハッキング事件。犯人の目星は付いていないって言ったけどあれは嘘。でもその犯人はもうこの世には存在しない幽霊。戸籍がない死んだ人間に懸賞金をかけて指名手配するのは不可能なのよ」
噤んでいた口を開け、大きな溜息をついた。
「どうやら、この八年間の間には想像絶することが起きていたみたいだな。それもどれもこいつと関係があるんだろ」
疋嶋はそう言って指先を側頭部に突き立てた。
「話が早くて結構。まさにその脳内マイクロチップがこの事件の鍵を握っている。まぁそれにはこの八年間の間に起こった時事について話すのは先ね」
「ああ、ここは静かだし、人通りも少ない。じっくり聞かさえてくれ」
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