第13話 流転2

「お前、本当に女優になっていたのか」


 疋嶋は体を横に向け、驚きの顔を見せた。


「中学時代、信じてくれたのは陽介、あなただけだったのに。そんなに驚く?」


「まぁみんな夢を馬鹿にしてたけどな、まさか本当に叶えるなんて、少しは信じた甲斐があったよ」


 疋嶋と野島は同じ中学の出身だった。出会ったのは入学当初。そこから奇跡的に三年間同じクラスを経て、おのずと仲が良くなった。高校が別々になったものの友人としてはかなり親しい仲だった。それでも進学をするとともに疎遠となり、大学に入ってからは全く連絡を取り合っていない。十年来の再開だった。


「“元”女優ね。今はもうただの孤独な三十歳の独り身よ」


「やめたのか、なんかあったんだろ」


「なぜそう思うの?」


「あれだけ真剣に夢を追駆けていた奴が掴んだものをそんな簡単に手放すわけない。飽きたから、普通の女の子に戻りたいから、なんていう甘ったるい覚悟じゃあの目つきはしねぇよ」


「そうね、陽介の推測は間違ってない」


 野島はそう言いながら、リアシートに手を伸ばした。体を捻り、拾い上げたのは付箋が貼ってある週刊誌だった。

 それを無言で差し出し、疋嶋は受け取った。


「不倫か……」


「そうね、でもこのタイミングで都合の良い流出写真。確かにあたしはやらかしたけど、それと同時に利用されたんだわ。もう一ページ付箋が貼ってあるでしょ。そこを見てみて」


 疋嶋は言われるがまま指定されたページを開くと、野島の記事に比べてはあまりに小さく、目立たないように見出しが掲載されていた。

 ――文部省官僚数名の個人情報漏洩

 レイアウトもシンプルで週刊誌を買った人の目にも止まらないような記事だった。しかし中身を読んでみるとかなり重大な事件であり、国家の安全上の問題に抵触しかねない文章が書かれていた。

 官僚の個人情報が収められたサーバーが何者かによってハッキングされ、その情報の一部が一般公開された。その上、犯人の情報はなく、警察も血眼になって探しているとのことだ。


「これって、ヤバいんじゃ……」


「ええ、かなりね。日本の存亡の危機と言っても過言ではない。何と言っても国の重要機密が破られたのだから」


 疋嶋は生唾を飲み込んだ。


「でも仮にこれが国民に知れ渡ったらどうなると思う。国の信用は失い、日本はパニック状態。経済は混乱し、国力は大暴落。だからそれにぶつけるように芸能人のスキャンダルを流す。つまりあたしは政治問題の隠れ蓑に利用されたっていうわけ」


「まさか……じゃあマスコミと政治家は裏で提携していて、報道を操っていると言うのか」


「その通りよ。芸能界と政治は表裏一体。常にその二つは互いを護り合っている。政治事件が起これば必ずスキャンダルが世に出る。芸能人の麻薬リストを持っている警察と芸能人の不倫リストを持っているマスコミ。この二つが交互に記事を飛ばし、印象操作で国民の目が政治に向かないようにしている。これが現代の情報社会におけるメディアの在り方なのよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る