第12話 流転1
「銃を下ろせ、
「先輩、しかし……」
「この国じゃそいつを持っていいのは俺たち警察だけだ。だからこそ、乱用してはならない。その弾は自分の命を護る時にしか使うな」
「すみません……軽率でした」
蛭橋に叱られた
「追いますか」
「いや、追う必要はない。元々これは極秘任務だ。俺たちが追いかけっこをしているところを一般人に見られたらまずい。もちろん所轄に応援を要請することはできないし、あれだけ本気で逃げられては捕まるものも捕まらない」
「クソッ、折角奴の居場所を突き止めたというのに……協力者がいたなんて」
幡中は舌打ちをしながら地面を蹴った。
「やめろ、砂ぼこりが立つ。こんなド田舎で地面を蹴るな、アスファルトじゃねぇんだぞ」
「でもこんなド田舎まで来て、収穫なしじゃ、おめおめと帰れませんよ」
「いやゼロでもねぇよ」
蛭橋は扇子を開き、仰ぎながら車のボンネットに腰かけた。
「疋嶋を助けたあの車に乗っていた運転手を見たか」
幡中は少しは考えてから答えを出す。
「女だっていうことは分かりました。それもかなり金持ち。乗っていた車はホンダNSXの最新型、定価で数千万は下らないですよ」
「それだけ観察してなぜ重要なところを見落とすのかねお前は。あの女の正体は東堂紬だぞ」
「東堂って……あの不倫した女優の……」
「ああ、そうだ。大きめのサングラスをかけていて分かりづらかったが、一度サングラスを鼻に下げた時にサイドミラーを通して見えたんだ。あれは間違いない。衝撃の記者会見から三日、失踪していた東堂紬がこんなド田舎で、しかも疋嶋の救世主として姿を現しやがった」
「なぜ女優の東堂が疋嶋と面識があるんですか」
「東堂紬、本名は未公開。生え抜きの女優でそのプライベートは一切不明。マスコミもそのベールに隠された素顔を探ろうと躍起になっていた。まぁ俺たちも芸能界には目を光らせているが、東堂に関してはそのあまりの警戒心の高さに手を出せなかった。その上、疋嶋の支援者だとすると話はさらにややこしくなる。となると東堂の裏が重要だ」
「裏の顔ってやつですか」
「違う。支援者の黒幕ってやつだ」
蛭橋は真っすぐと正面を向いたまま、口角を上げた。
「東堂紬の所属する芸能プロダクション。シジョウプロの社長、士錠兼助。こいつが一枚噛んでいると見た」
「芸能事務所の社長にどんな共通点があるんですか」
「士錠の経歴は異質としか言いようがない。あの男は元々、東京医科大の大学教授だったんだ。その上、史上最年少でその地位を獲得した。そしてその天才的な頭脳を買われ一大プロジェクトの制作メンバーに選ばれた。そのプロジェクトこそ、仮想現実を舞台とした近未来SNS空間“タカマガハラ”」
「それって脳内に埋め込まれたマイクロチップを利用して仮想現実を体験できるとか、あまり詳しくはないんですけど、それってゲームですよね」
「ああそうだ。あいつは日本の脳科学の第一人者でもあった。そんな男がタカマガハラの開発を終え失踪した。そして再び世に顔出すと思ったら芸能事務所の看板引っ提げてやがったんだ。全くおかしな男だろ」
蛭橋は手を広げながら腰を浮かせた。
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