第11話 出発4
運転席から男が降りてきた。真夏だというのに襟の第一ボタンまでしっかりと留め、ネクタイを締めている上、ジャケットも着ている。そしてその奥、助手席から少し遅れてポロシャツの男が扇子で仰ぎながら姿を現した。
疋嶋はすぐに身構えた。ポロシャツの男がこちらに笑みを浮かべながら近づいてくる。その背後からはスーツの男がにらみを利かせていた。
「疋嶋陽介さんかな?」
「そうですけど……どなたですか」
「ちょっと話が合って……」
あまりに不気味だった。宗教勧誘にしては度が過ぎる。そしてこの男は疋嶋の名前や実家を調べ上げている。体格もよく、笑顔の奥に隠された眼光は鋭い。
疋嶋は本能的に一歩後ろに下がった。
その瞬間、田舎の道には似合わないような重たいエンジン音が聞こえてきた。排気ガスと共に奏でられる重低音が木々を震わせる。
田んぼのあぜ道を猛スピードで駆け抜ける真っ赤なスポーツカーが疋嶋の実家をめがけて接近してきた。
高いブレーキ音と共にタイヤを滑らし、男と疋嶋の間に割って入る。あまりの衝撃に疋嶋もポロシャツの男も尻餅をついた。
助手席のドアが開き、サングラスをかけた女が荒々しく言った。
「早く乗って!」
「お前誰だよ」
「あたしよ。あんたこのままだと捕まるわよ」
そう言って、サングラスを下げ、目を見せる。それは野島里佳子だった。
「ノンコ……?」
「おい何しやがる……」
倒れていた男が立ち上がり、回り込もうとしている。リアシートの車窓越しに見えたスーツの男はジャケットの中に手を入れ、ホルスターから拳銃を取り出した。
状況の一切が把握できなかったが、取り敢えず、信用できそうなのは野島のほうだった。
体を起こし、急いで助手席に飛び乗ると、ドアを閉める。タイヤを滑らせながら急発進し、そのまま狭い道をフルスピードで駆け抜けた。
疋嶋は車の遠心力に耐えるため、必死にアシストグリップを握り締め、体を固定した。不意にサイドミラーを見ると先ほどのスーツの男が銃口をこちらに向けている。
「おい、おい、ここは日本だろ!」
「ええそうよ。あいつらは警察だからね、銃だって使うわ」
「俺が何をしたって言うんだよ、ノンコ!」
「今でもあたしのことをノンコって呼ぶのはあんたくらいよ、陽介」
「お前今、何してるんだよ」
「それは後でたっぷりと話してあげるわ。今は逃げることが先決よ」
「警察相手に逃げ切れるわけないだろう。自首したほうが罪が軽くなるかも……」
「あんたは身に覚えのない罪で収監されも納得できるくらいお人良しなの?」
「そうじゃないけど……」
「大丈夫よ、応援は来ないはず。それにあいつらだって多分追ってこないわ」
「意味が分かんねぇ。走りながらでいい、落ち着いたら全てを教えてくれ。俺が置かれてる状況とか、この世界のこととか、ノンコなら知ってるんだろ?」
「ええ、ゆっくり話してあげるわ。その前にマイクロチップの電源を落とすことね」
野島はそう言って、アクセルをさらに強く踏み込んだ。
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