第8話 出発1

 疋嶋陽介は約二日に渡って検査を受けていた。入念に脳内を調べ、結果は今日の診察で発表される。

 それまでは病室で独りの時間を過ごしていた。まずは両親に連絡しようと思い。備品入れの中に入っていたスマホを取り出した。

 奇跡的にパスコードの設定はされてなかったらしく、中を見ることはできた。連絡先を見てみると誰も番号も登録されていない。さらにはSNSもこの時代だというのに一つもインストールされていなかった。

 まるで空っぽのスマホで使い物にならない。取り敢えず、ダイヤルを使い幾度か実家の電話番号にかけてみたが両親ともに電話にはでなかった。

 もしかしたら両親はもうこの世にいないのかもしれない。そんなことが頭によぎった。あれから八年が経ち、疋嶋も三十歳を迎えている。

 そこまで仲の良い親子関係でなかったし、もう居ないと言われも納得できてしまう自分がいた。

 この病室で色々なことを考える時間が最も空虚だった。そして鏡を見るたびに絶望する。繰り返し扉を見て、誰か来ないかと思いをはせた。

 しかし訪れたのは友人でも親族でもなく、診察の誘導をするために訪れた看護婦だった。 


 診察の時間だけが人と触れ合う唯一に機会になってしまったことを実感し、自分が本当に孤独であることが再認識する。

 担当の主治医はカルテとレントゲン写真を見比べながら診察を始めた。


「疋嶋さん……単刀直入に言いますと記憶障害の原因は不明です。脳は正常に動いていますし、大脳皮質や前頭葉にも異常はない。特に外傷も見られませんし、そもそも脳震盪にしては症状が特殊過ぎる」


「では新しい病気とかですか」


「いやそれも考えにくいでしょう。何と言ってもあなたの体は健康だ。血統濃度と血圧が多少は高く、不規則な生活をしていたように見えますが健康の範囲内です。ここではなく大学病院なら分かるかもしれません」


「それは勘弁してください。あそこは病院じゃない、研究所だ」


 主治医は口角を上げたが目は笑っていない。


「俺も医科大の出身なんですよ。記憶が飛んでいる最後の半年で退学していなければ、多分卒業生のはずです。まぁ落ちこぼれの劣等感と言いますか。大学病院のインターン生の前で頭を開けられるくらいなら、知り合いに頼って心的療養をしたほうがずっと増しです」


「医科大ですか……もしかして東京医科大?」


「ええ、そうです。まさか先輩ですか」


「いや君と同じように僕は今、劣等感を感じただけだよ」


 主治医の笑いにつられて疋嶋の口角も緩んだ。


「まぁ冗談はさておき、医学部の君でも分かると思うが記憶喪失の原因は大きく分けて二つだ。病気や怪我による脳の損傷。そしてもう一つは心的ストレスによる脳への障害……前者は調べた結果、なにも見られなかった。そして後者だがこれも八年と言う歳月が消し飛ぶのはおかしい。そうなると考えられるのは君の脳内の埋め込まれたマイクロチップが何らかの誤作動を起こし、電磁波などで記憶を改変したのかもしれん……」


「……マイクロチップ?」

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