第6話 一変4
「この業界を去る者として、ただ一言だけ言い残すことがあります。それは――追う者は追われる者と同じ覚悟を持っていなければならないということです」
会場が静まり返った。中継していたテレビスタッフは焦り、その場にいた記者たちは冷や汗が止まらなかった。国民は片手間で見ていたはずのテレビに釘付けになり、生中継した動画サイトでは流れる大量のコメントで画面が見えなくなった。
この瞬間、日本中が野島ただ独りに注目した。足元に置いてあったバッグに手を伸ばし、クリップで止められた書類を長机の上にどさりと置いた。
「それはなんですか……」
女性の記者が手も上げずに質問した。
「これはこの場にいる新聞社および、記者による醜聞等々を集めたものです……」
会場そして、テレビ局のスタジオが凍り付く。
「古谷さん……あなたは先月の十二日の午後八時にどこで何をしていましたか」
古谷の目と口が開き、奥歯はカタカタと震えていた。
「答えられるはずがありませんよね。あなたはその時間、女子高生と……」
「やめろ!! こんなの中止だ! 何をやりたいんだよお前は!!」
古谷が立ち上がり、両手を大きく広げた。野島に背を向け、記者たちのほうを見ると冷たい視線が集まった。
その間に野島は着ていたベストの背中にプリントされていた新聞社の名前を読み取った。
「古谷さん、あなただけではありません。あなたの在籍する新聞社は特亜圏の首脳から賄賂を貰い、昨年の十月に政治家を会食に招いた後、芸能人コンパニオンを利用し、弱みを作りましたね。そしてその一か月後、与党議員数名がタイミングよく逮捕されました。証拠はこちらの資料に残っています」
それを聞いた古谷は黙って、その会場を飛び出した。そしてテレビでは不自然な形で放送が打ち切られ、その場にいたカメラマンたちもすぐにカメラを切った。しかし数のある動画サイトではまだ一件のみ、その中継が行われていた。
海外のアダルトサイトを利用し、会見の様子が小型カメラを通して引き続き放映されている。
「これだけではありません、まだあります」
野島はその後も淡々と読み上げていった。それは自身の不倫などは霞んでしまうような内容ばかりで、名指しで悪行を暴露された記者たちは逃げるように、その場を去っていった。
テレビはその後、まるで野島が反抗的な態度を見せ、会場で暴れたように報道したが、一度世に放たれてしまったその中継映像はいくら消そうとしても消えることなく、永遠にインターネット上に残り続ける。
人は叩けば必ず埃が出る。それはタレントも記者も同じ人間である以上変わらない。しかしその埃が可視化されるまでは、のさばり続け、墓場まで持っていかれる。激写されればスキャンダル、されなければそのまま。この手の事件はまるで誰しもが抱えているがん細胞のような存在なのだ。
「この書類はここに置いていくわ」
そう言って、クリップを外し、天井に向けて投げ捨てた。ひらひらと舞い散る紙吹雪の中を颯爽と歩いて出て行く姿は大物女優そのものだった。
何に臆するわけもなく、威風堂々とした態度で重い扉を開け放った。カメラがとらえた背中からは一世一代の大芝居を終えた清々しさと潔さがにじみ出ている。
一度叩かれた者が擁護され始めればその立場は逆転し、いままで叩いていた者たちが叩かれる。それがインターネット社会の在り方であり、時代によってその生贄を卓上に出したディスカッションは鳴りやまない。
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