第5話 一変3

 二日という時間は矢のような速さで過ぎ去った。野島はマネージャーと共に記者の待つホテルのフロアに向かった。

 この扉の向こうにはカメラを持った記者が大勢いる。野島は真っすぐと大きな扉を見つめていて、隣に立っていたマネージャーの顔を見向きもしなかった。

 それに相反して、マネージャーは傍らから野島の顔を横目で凝視していた。

 電話をかけてから二日。野島がどのような心情で過ごしていたのかは分からない。しかしあの夜、ホテルへ電話を掛けた時に比べると非常に落ち着いている様子だった。

 何かが吹っ切れただろうか。顔色は良好で、息が上がっている様子もない。覚悟を決めた顔だった。

 扉が開け放たれ、野島が姿を現すと一斉にストロボが焚かれた。室内がフラッシュで真っ白く光り、眩惑する。

 その中を堂々と歩き、頭を下げ、椅子に腰を掛けた。

 謝罪を述べ、記者たちの質疑応答に入る。これまで幾度となく見た光景だ。午後のワイドショーで生放送され、国民は片手間にそれを見る。そこで謝罪をするタレントは泣いたり、俯いたりするのが常套だが野島は至って平生を装い、正面を見つめたまま、淡々と答えを返していった。

 その態度が気に食わなかったのか、一人の新聞記者が突っ込む。


「まるで反省した態度が見られませんが、もっと普通は落ち込んだりしてるんじゃないですか。あなたの態度を見ているとまるでこの場にいるのが当然のように見えます」


「私はこの場に立ち、罪を認め、状況の報告をしているのです」


「ちょっと、その言い方もおかしくありません?」


他の記者に賛同求めるように半笑いで周りを見ながら言った。


「反省はしています。謝罪したい気持ちも十分にあります。しかしそれはあなたたちにではありません。相手の奥さんに対してです。私は奥さんを悲しませました。この場を借りて、もう一度謝りたいと思ったからこの場に立っているのです」


「では私たちファンを裏切った気持ちは……」


 記者の言葉を遮るように言う。


「盗撮、盗聴、情報漏洩……これら全て、あなたたちファンがファン故に行ってしまった過ちだと言いたいのですか」


「何を言っているのだ! お前は不倫したんだぞ」


「ええ確かに不倫はしました。私の行った行為は立派な倫理観の欠如した行為。しかし犯罪行為に手を染めた覚えはありません。ネタが取れれば何をしてもいい、人のプライベートに土足で踏み込んでもいい。そんな考えを持っているのなら改めなさい。私が芸能界に戻ることはもう二度とありません。芸能人だから、有名人だから、後ろめたいことしてはいけない。それは大いに結構です。しかし記者だからマスコミだから何をやっても許される。そこの相関関係は至って不思議です」


「つまり、私たちが悪いと……」


「私も悪いです。私はテレビという箱の中で皆に希望を与える女優業。得た地位と名誉にはそれ相応の責任が伴います」


「そうだ、一般人と同じ尺度測るのはプロとして失格だ」


「そうですね。では古谷さん……あなたも記者として、その役得を得た覚悟をお持ちですよね?」


「なぜ俺の名前を……」


 野島は不敵な笑みを浮かべた。その傍らでマネージャーは凍り付いていた。記者会見の前、士錠に呼び出さられ一つ言われていたことがある。

 ――なにがあっても黙っていろ

 その言葉の意味がやっと分かった。野島は今、女優という役を捨て去り、とんでもないことを起こそうとしている。

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