第4話 一変2
ホテルの全室に取り付けられている固定電話が鳴り響いた。この部屋で電話が鳴るのは二つしかない。一つはモーニングコール、もう一つはマネージャーからの連絡だ。
野島は携帯の電源を切っていたため、今後の動きを逐一、マネージャーから電話を通じて聞いていた。
ベッドから体を起こし、ガウンの姿のまま、受話器を取る。
「体調はどうですか」
受話器の先から聞こえたのはマネージャーの優しい声だった。
「酷いものよ。でも大丈夫、記者会見までには人前に出られるくらいにはしとく」
マネージャーは一つ年下で二十九歳だった。以前にもタレントを一人だけ受け持っていたらしく、この仕事は二回目だ。
「私たちもなんとか協力したいのですか……」
「あたしのことは心配しないで、これ以上事務所に迷惑はかけられない。こんな恩を仇で返すような真似をしたことを本当に後悔している」
「タレントを陰で支えるのが僕たちの仕事ですから。こんなときだからこそ頼ってください」
「あなたにそう言ってもらえると本当に救われるわ。でも世間はどうかしら。事務所があたしを擁護すれば、今度はその牙が事務所に向いてしまう。あたしはそれだけはどうしても避けないのよ。無名だったあたしに夢を見させてくれた親のような存在なのだから」
野島が女優として名をはせるまでの道のりは長かった。養成所に入り、デビューしたのは高校卒業してすぐの十八歳の時だったが、それからというものの芝居は舞台が基本で、たまにドラマに呼ばれてもまるでエキストラのような役ばかりだった。
しかしそんな野島に目をかけ、本事務所にスカウトしてくれたのが社長の
典型的な遅咲き。下積み時代が長かった分、ついに日の目を見れた高揚感で多少ばかり天狗になっていた。
その鼻っ柱を折られるような今回の事件。有名になることだけに憧れを抱き、嫉妬を繰り返してきた野島は自分がその頂に立ち、その者たちの本当の苦しみを知らしめられた。
「明後日の記者会見ですか……僕が直接迎えに行きますので東堂さんは部屋で待っていてい下さい」
「ええ、分かったわ。反省して待っている」
少しの間が空き、マネージャーは電話を切ろうとする。
「ねえ……」
しかし寸前のところでマネージャーが受話器を置くことを阻止した。
「なんですか」
「今になって分かるわ。あたし馬鹿だった。自分が有名になったことをいいことに高校時代の友達とかに高飛車な態度なんか取ったりして、みんな遠ざけちゃって……でも芸能界なんてこんなものよね。そこにいるのは仲間で会って友達ではない。そんなことは十分わかっていたはずなのに、調子に乗って結局最後はこうなる。こんな時になって昔、友達と気ままに遊んでいた日々が恋しいなんておかしいことかしら」
「それが青春の思い出なんですよ。どんな有名女優だって元は皆、同じ日々を送った子供だったんです。東堂さんのその気持ちはいたって正常です」
「ありがとう……」
マネージャーの言葉で野島が抱えていたものは一気にあふれ出た。事件から一度たりとも流さなかった涙をいま流した。受話器を置き、ベッドに腰かける。自分の愚かさや女々しさを噛みしめながら、大きく息を吐いた。
その時、再び電話が鳴り響いた。一度置いた受話器をもう一度手に取り、ゆっくりと耳に付ける。マネージャーが何を言い残したのだろうか。そんな考えの元、声を聞く。
「社長……」
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