第3話 一変1

 毎週金曜日に発売される週刊雑誌。その一面を飾ったのは有名女優の不倫報道だった。

 たった数ページにわたって書かれた文章によって一人の人生が急変し、たちまち窮地に追い込まれる。世間は驚くほどの速さで手のひらを返し、いままで慕っていたファンや仲間たちは冷遇した態度を取る。

 一度染まった色付きの眼鏡を外してもらうには、それこそ膨大な時間と血のにじむ苦悩を乗り越えなければならない。

 一部の報道陣の優越感や金銭欲、さらには偽善的な正義感のために一人の人生が崩れ去る。

 そんな連中の毒牙にかかり、今にも死に絶えているのはドラマで一躍有名になった人気女優、東堂紬とうどうつむぎである。

 この東堂紬と言う名は事務所が勝手につけた芸名であり、本名は野島里佳子のじまりかこという。

 野島が花の女優業から転落したのは一昨日のことであった。事務所から呼び出され、まだ出版前の週刊誌を突きつけられた。

 記事の内容は既婚者の俳優と関係を持っていたという不倫報道だ。ホテルから出るところをパパラッチに撮られていて、言い逃れができない。

 事務所からのお達しはただ一つ、「もう後戻りは出来ないので覚悟を決めてくれ」とのことだった。さらに記事を読むとそこには衝撃的なことがいくつも書かれていた。

 通話履歴の流出。

 個人で会話を行えるSNS画面の流出。

 さらにはホテル内の声の盗撮。

 言わばこれらすべては不倫という行為を超越するほどの犯罪行為に等しい。言ってみれば、他人のプライベートに土足で踏み込み、激写し、それを不特定多数の人たちに売りつける。その行為自体が既には訴訟問題となってもおかしくはない。

 しかしそれを黙認し、野放しにすることによって芸能人を捕まえて、一般人のうっ憤を放すためだけにこれまで多数の芸能人が犠牲になり、路頭に迷ってきた。


「これはもうしょうがないね。もう世間に素直に謝るしかないよ……」


 担当マネージャーは幾度となく溜息を洩らした。CM降板やドラマの降板。もうすでに撮影を終えたものは放送できずにお蔵入り。

 最初はふつふつと煮えたぎっていた怒りも次第に消え去り、野島も自分の行いを悔やむようになっていった。

 世間そしてテレビ、日本中が敵に回り、一人の芸能人をリンチし始める。本当はおかしなことなのに、それに気が付かず、集団洗脳が始まる。

 その洗脳に野島もかかり始めていたのだ。

 家には報道陣が集まり、帰ることは出来ない。記者会見を控えている野島は事務所が用意したホテルで身を隠していた。

 鳴りやまぬ携帯の電源は切り、外部との接触の一切を断ち切っていた。ホテルのベッドに寝転がり、不倫相手の俳優にさえ罪悪感があった。

 テレビも付けたくない、インターネットも開きたくない。今はメディアと言うメディアを徹底的に排除し、防衛本能の赴くままに社会から完全に孤立させていた。


「今晩も眠れないかも……」


 細々とした声で呟きながら、ホテルの窓から見える夜景を見つめた。ガラスに映る自分の顔は酷いものだった。げっそりと痩せ、くまの出来ている。

 いままで決して順風満帆ではなかった。様々な困難を乗り越えてきた。しかしこれほどまで落ち込んだことはない。

 野島は三十歳にして人生最大の岐路に立たされていたのだ。

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