第13話 エスケープ
「止まれ!!」
「捕まえろ!!」
「逃がすなァ!!」
男たちの怒号を背に、俺は桂を胸に抱えながら人ごみをかき分け、このよくわからん場所を、奥へ奥へと進んでいた。やがて三叉路に差し掛かると、俺は下を向き、走りながら桂に尋ねた。
「お、おい、次はどっちへ行けばいい?」
「わ、わかんないわよ! あっち行けばいいんじゃない!?」
桂が無責任に右方向を指さす。俺はそれを確認すると、左のほうへ舵を切った。
「ちょ、ちょっと! なんでそっちに行くのよ! あたしが指さしたのはあっち!」
腕の中の桂がブーブーと文句を垂れてくる。
「……おまえ、さっきそれで警備詰め所に行ったこと忘れたのか?」
「あ、あれはたまたまじゃない!」
「その前は、黒服たちがいっぱいいるところだったなあ?」
「そ、それもたまたまで……」
「その〝たまたま〟のおかげで、今、俺たちの後ろにはかなりの追手がいるんですけど?」
「で、でも、今度こそ、本当に合ってるかもしれないじゃない!」
「うるせえ! 二度あることは三度あるんだよ! 俺はもうおまえは信じないって決めてるんだ! つか桂、もしかしてスパイとかじゃねえだろうな? 俺を捕まえるための!」
「はあ!? バカなの!? んなわけないじゃない!」
「ケッ、どうだか……」
「それにほら、三度目の正直とも言うでしょ?」
「チッ……、だったら一回目から正直に話してろよ」
「……ていうか、どこいくつもりなのよ。さっきからずっと走ってるけど」
「出るんだよ、ここから! なんで今更そんなこと訊いてんだよ!」
「でも、じゃあ、こっちって入り口とは逆なんじゃない?」
「入り口は……たぶん入口専用なんだと思う」
「どういうこと?」
「桂のいた茶屋から出たとき、一回チラッと見たけど、あそこから外へ出ようとしている人間は一人もいなかった。それに、引き返そうとしている人間もな」
「つまり?」
「基本的にこの場所は一方通行なんだよ。この場所の最奥か、もしくは道中に出口があるってことだ。さらに……」
「さらに?」
「……いや……すまん。さすがに……人ひとり抱えながら、こんな悪路を走ってると、その、つ、疲れてくるな……!」
「そ、そんなに重くないでしょ!?」
「ぶっちゃけ重い」
「な!? さ、最低! なら降ろしてよ! あたしも走るから!」
「その着物で走れるわけないだろうが! それこそ足手まといになる!」
「じゃ、じゃあ抱えるんじゃなくて、背負えばいいんじゃないの?」
「バカ、連中がもし銃でもぶっ放して来たらどうすんだ」
「じ、銃!? うそでしょ、そんなの……」
「嘘じゃない。桂は見えなかったと思うけど、あいつら、間違いなく武装している。黒服にしたって、警備員にしたって、ホルスターを持ってやがった」
「ホルスター?」
「銃を携行するための入れ物だよ。そうなってくると、まず撃たれるのは背中の桂だろ?」
「そ、そうなんだ……あたしのために……」
「……なに顔赤くしてんだ? 風邪でもひいたか?」
「な、なんでもないわよ! ……でも、たぶんその心配はしなくてもいいと思うわよ」
「なんで?」
「さっきも言ったけど、ここで出入りしている人たちってみんな、ここの会員なの。つまり、どいつもこいつもV.I.Pってわけ。もし流れ弾が当たって怪我でもしたらシャレにならないの」
「そういうことか……だったら──」
俺は抱えていた桂を強引に後ろへ持っていき「しっかり捕まっとけよ!」と声をかけた。桂は俺の首周りに腕を回してくると、「うん」と小さく言った。
「あ、そだ、カケル! ちょっといい?」
思い出したように桂が俺に声をかけてくる。耳のすぐそばに口があるため、かなりこそばゆい。
「な、なんだよ……」
「……なんかあんた、顔赤くなってない?」
「な、なってない! つか、そっからだと確認できないだろ」
「いや、だって耳が……」
「はいはいはい! ……それで、なんなんだ!」
「あ、ごめん。さっき言いかけてたことが気になって……」
「え? 俺? なんか言ってたっけ?」
「言ってたわよ、『出口があって、さらに──』ってところ」
「ああ、そうそう。……さらに、おまえのいた茶屋で客引きをしてた女の人が言うには、俺みたいな一見さんはお断りだと言ってきたんだ。それってつまり──」
「普通の人はそこには入れない?」
「そういう事。てことは、その吉原と入口の間に、間違いなく出口はあるってことなんだよ」
「おお、なるほどね。冴えてんじゃん」
「へへ、誰に言ってんだ。……まあ、最悪それで見つからなかった場合は通気口なりを──」
「あ、ちょっと待って、あそこ! カケル、止まって止まって!」
急に肩をたたかれ、桂を見ると、桂は必死にある場所を指さしていた。
俺はその指の先──長蛇の列、人の群れになっているところを確認した。あれはもしかして──
「EXIT……出口だ! でかした!」
「でかしたって、この道を選んだのはあんたじゃない……」
「そうだけど、見つけたのはおまえだろ。あとで褒めてやるよ」
「い、いらないわよ! ほら、無駄口たたいてないで、早く行くわよ! どうせこんな騒ぎになってるんだから、出口を閉められるのも時間の問題だわ!」
「だな!」
俺は踵に力を入れて急ブレーキをかけると、そのまま90度方向転換し、出口めがけて駆け出した。もうすでに、この中ではかなりの騒ぎなっているのか、俺を見た通行人たちはみな、一様に驚きながら道を譲ってくれる。さすがの伝達力だが……これなら、すぐにでも出られそうだ。
ただ、その前にあとふたり片付けないといけないんだけど……。
「やっぱり。……カケル、出口に見張りがいるわ」
桂の言う通り、EXITと示されている出口の両端には、見張りと思しき男二人が立っていた。入口のように機械で開閉するようなすごい仕掛けではなく、こちらはすごく簡素で、まるで体育館の扉のように、解放式のシンプルな扉となっていた。おそらくこっちのほうが都合がいいから使われているのだろうが、俺たちからしても、こちらのほうが都合がいい。
男二人は俺たちに気が付くと、ひとりが急いで扉を閉めようとして、もうひとりは俺たちに立ちふさがってきた。その手には銃器はなく、伸縮する鉄の警棒が握られていた。
「わかってる。だから、このまま突っ込むぞ!」
「言うと思った……。このまましっかり掴まってたらいいんでしょ?」
「ああ。絶対振り落とされるなよ……!」
「──止まれ! そこの二人! 今すぐ引き返せば悪いようにはしない!」
よくも平然とそんな嘘を吐けるものだな。
俺は怒り半分、あきれ半分のまま、出口に──男たちに肉薄していった。
「ちっ! 止まらないというのなら……!」
男はそう言うと、手にしていた警棒を振りかぶってきた。
相変わらず動きは緩慢。振りかぶっているせいで、警棒の軌道も予測しやすい。
このまま躱してしまうのは造作もないが──
「速度上げるぞ、桂」
「……え? ちょ、ま、うわわ……!?」
俺は少し前傾姿勢になると、思いきり地面を踏みしめ、桂を支えていた手を離して
──ズガァン!!
俺は出口もろとも男を弾き飛ばすと、さすがに桂が限界みたいだったので、その場に急停止した。
「大丈夫か、桂」
「ダメ……きつい。吐きそう……」
「おまえ、俺の背中で吐くなよ? 一張羅なんだから……」
「し、知らないわよ。それに……うぷ、無理しすぎだってば……」
「しょうがねえだろ。これくらいしないと出られねえんだから」
「そ、それもそうね……で、ここは……?」
出口を抜けた先にあったのは、駅前のタクシー乗り場のようなところだった。しかし、それと決定的に違うのは、どの車もすべてが高級車だという事。その車に乗っている、運転手と思しき人たちと、今から帰るであろう人たちが、驚いたように俺たちを見ている。
「たぶん、ここから車に乗って帰るんだろ。……どこに続いてるかは知らんが」
停車している車の向かう先──それは道路になっていて、ここへ入ってきた時と同じように、道路の両脇には等間隔に発光装置が備え付けられていた。
「え、じゃあ車、乗るの?」
「いやいや、免許なんてねえよ」
「あたしもないわよ」
「……なら走るしかねえよな?」
「う、うそ、マジで? 道路の先、何も見えないわよ?」
桂の言う通り、ここが薄暗いということもあるが、入口とは比べ物にならないほど、長い道が奥まで続いていた。……だけどまあ、EXITって書かれてたんだから、ここが出口のはず。それを信じて進むしかない。それに、後ろから追手も来ている。
「じゃあいくぞ、桂。とりあえずさっきみたいに急発進することは……」
「……な、なによ。ないって言いなさいよ!」
「ないと信じたい」
「ちょっと!?」
「まあ、とにかく、きちんとシートベルトしめとけ」
「……あの、シートベルトなんてないんだけど?」
「心のシートベルトってやつだ」
「──え? ほんとうにこのまま走っていくの?」
「洗濯は得意か?」
「吐いたら、自分で洗えってか? やめてよ、いまでも結構気持ち悪いんだから!」
「でもほかに方法はないんだから、吐くしかないだろ」
「いやああああああ! 吐きたくなああああああい!!」
後ろで桂がじたばたと暴れている。まあ、ここまで元気だったら多分大丈夫だろう。俺は今一度、大きく息を吸って、吐くと──「よし、じゃあ行くぞ!」と声を出して走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます