第3話 おさななじみ
結果から言う。
俺は〝能力〟とやらは受け取らなかった。
……いや、正確に言うと受け取りはしたが、〝行使〟をしなかった。
不破の差し出した黒い稲妻はまごう事なき
そして、その手順とはつまり、死にたくなるほどの羞恥を覚える事。もうすこしだけわかりやすく言うと、名乗りを上げるという事だった。
右手を天にかざし、左手は小脇にて強く拳を握り、喉が潰れるほど叫ぶのだそうだ。
『へ~んしん、ジャスティス・カケル!』と。
俺はそれを聞いた瞬間、不破に言ってやったわけだ。『ふざけるなよ』と。
そして今に至る。
俺はカバンを持って、駄菓子屋不破というふざけた施設を後にし、ダンダンと地面を踏み鳴らしながら帰路へと就いていた。
思ったより喋り込んでいたのか、辺りはもうすっかり日は暮れており、鬱陶しかった西日もナリを潜め、まんまるい月が俺を見下ろしていた。
まったく、学校の誰よりもはやく学校を出たというのに、この体たらくとは。帰宅部のエースが聞いて呆れる。
俺がそんなどうでもいい事を考えていると、やがて家の近くへと差し掛かった。
赤い屋根の一戸建てと、青い屋根の一戸建て。どこにでもある普通の建売住宅だ。小学生のとき、隣の青い屋根の一戸建てに住んでいるユナに『うふふ、カケルちゃん家、ドラ〇もんの家みた~い』と言われ、『あれはドラ〇もんの家じゃなくて、の〇助さんの家だろうが!』とブチギレた事を思い出す。
ほんとうにどうでもいいな。
「──あ~! わるい子だ~!」
青い屋根の家の二階から声が聞こえてくる。夜だという事もあり、ここからだとちょうど部屋の灯りが逆光になっていて見えづらいが、この間の抜けた声は間違いなくユナの声だ。それにしても、悪い子だと? 誰に向かって口を聞いているんだ。
「誰が悪い子だ! 俺ほど良い子もめずらしいだろうが」
「えへへ~そうだっけ~? ごめんごめ~ん」
ユナが頭をポリポリと掻きながら言った。相変わらず顔はよく見えないけど、おそらく口をだらしなく開けて、目を細めて言っているのだろう。
「それにしてもカケルちゃ~ん、こんな時間まで何してたの~?」
「おまえには関係ないだろ。俺のオカンか、おまえは」
「む~。オカンじゃないよ~、ユナだよ~」
「例えだろ。バカ言ってないで、勉強してろ」
「勉強ならしてるよ~。今日はいっぱい宿題出されたんだ~。大変だよ~」
「はいはい、そりゃよかったな」
「よくないよ~! 大変なんだよ~!」
「……いや、手伝わねえからな?」
「ええ~? なんで~? 最近冷たくない~?」
「冷たくねえよ、あったかいだろ」
「冷たいよぉ~。だって最近、全然遊んでくれないじゃん」
「一昨日ゲーム付き合ってやっただろ」
「昨日は無視されたよ~?」
「一日くらい休ませてくれよ……」
「しょうがないな~。許してあげましょう」
「はいはい。ありがとうございます」
「ところで~、カケルちゃん、どこ行ってたの~?」
わざわざ話を逸らしたのに、またスタート地点まで戻してきやがった。たぶん気になって気になって仕方がなかったんだろうな。こうなるとユナは信じられないほど頑固になる。たぶんもう一回話を逸らしても、またここまで戻されるのだろう。
「……駄菓子屋だよ」
「駄菓子屋~?」
「そう。学校と家の、ちょうど中間あたりにあるやつだ」
「え~? そんなとこにあったっけ~?」
どうやらユナも、駄菓子屋の存在について知らなかったみたいだ。食い物に貪欲なユナが、付近の店のチェックを怠っているとは思えない。
そう考えると、ますます不破の存在が妙に思えてしまう。あの駄菓子屋が妙に思えてしまう。
というか、俺は本当にさっきまで駄菓子屋にいたのだろうか?
なんというか、さっきの事ももう朧げにしか思い出せない。まるで白昼夢でも見ていたかのように、今でも
「カケルちゃ~ん?」
「ああ、わるい、ボーっとしてた」
「そう~? 風邪でも引いたんじゃない?」
「いや、俺に限ってそれはない」
どこからくる自信だよ。
「えへへ~、そっか~」
ユナはユナでちょっとは疑問を挟めよ。
「まあ、本当にただの駄菓子屋だよ。おまえがいちいち気に掛ける必要もない」
「そう? でもでも、そんなに長い時間居たってことは、何かおいしそうなものでも見つけたって事なんでしょ~? いいな~、私も行ってみた~い。今度連れてって~」
「ダメダメ。あの道は13中の校区だぞ? おまえがそんな所をフラフラうろついてたら、また石野とかにいじめられる」
「うぅ……それはやだねぇ~……」
「だろ? わかったら極力家から出るな」
「ふふふ、それはいき過ぎな気もするけど~……カケルちゃん、私の事心配してくれてるの~?」
「バカめ。俺がユナの心配なんてするか」
「それもそうだね~……あれ?」
「ん? どうかしたか?」
「カケルちゃん、なんかちょっとボロボロじゃない?」
「え?」
ユナに指摘され、改めて俺の格好を見る。
確かに髪はボサボサだし、わさわさと手櫛で整えてみると、中から砂やら小石やらがポロポロと落ちてくる。制服の袖や裾はところどころ擦り切れていて、紺色の生地に土気色が混じっている。自分で拭えるところや洗えるところは全部綺麗にしたつもりだったけど、そうじゃなかったらしい。というかユナも、夜なのによく二階から見えるな。
「こ、これは……あれだ……ほら……」
「うふふ~、言わなくてもわかるよ、カケルちゃん。またいじめられっ子を助けたんでしょ~?」
そう言う事だ。
ユナは俺が学校でイジメ……争いを無くすために率先して暴力を受けている事を知らない。俺が教えていないからだ。
理由などない。
強いて言うなら小学生の頃、自分を守ってくれていたやつが、中学校では一転、いじめを受けているなんて知ればユナが悲しむからだ。
それでなくても、わざわざ自分から『いじめられています!』なんて言える人間はほとんどいないだろう。
「……ま、まあ、そんなところだ」
「さっすが、カケルちゃん~。それでこそ皆のヒーローだよ~」
「ははは……ま、まぁな……」
「でもほどほどにしておかないと、今度はカケルちゃんが高校いけなくなっちゃうからね~? そんなのいやだからね~!」
「はいはい、そこそこにやっとくから……そんじゃ俺はもう家ん中入るからな。しっかり宿題しとけよ」
「あいあいさ~」
ユナはそう言うと、俺にゆるい敬礼をしてみせた。
なんて呑気なやつだろう。
この時はそう思っていたが、真に呑気だったのは俺自身なのだと、俺は思い知る事になる。
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