九章
九章
あやはその晩は誠二の家に泊まった。それは二人の総意でもあった。
実に心地よい眠りに就いたのだが二人共夢を観たのだ。あやの夢にはまた誠二が出て来る。今度ははっきりした夢で二人は夫婦になり倖せな家庭を築いて子供までいる。三人で手を繋いで公園を歩いている姿は傍から見ても正に倖せの絶頂であやも誠二も笑顔が絶えない。まだ幼い子供の愛らしくも微笑ましい振る舞いを見て一々目を合わせて笑う二人、その家族愛には一点の曇りもない快晴の空のような光景であやは晴れやかな気持ちで眠りから覚めた。
だが誠二の観た夢は少し違った。愛する二人は決してハッピーエンドで終わる事が出来ない夏休みの読書感想文に類似した内容であったのだ。あの物語にはやはりバッドエンドが待ち構えていて誠二もそれを薄々は感じていたものの読み終わった後やり切れない気持ちを葬る事は出来ずにムシャクシャしていた時期もあったのだが実生活ではあやがいる、あやと一緒にいるだけでその憂さは晴れたような感じがしていたのである。
でもその夢にはもう一人の女性が出て来てその人とは巧く行っているようなストーリーでもあった。この女性は誰なのか? 仲は良い筈なのに誠二が近づくと陽炎のように消える、消えてはまた現れる、その繰り返しだった。
目が覚めたあやは煙草に火を着けてから最初の一服を天井に吐き出した後、誠二に訊く「おはよう、お前夢観なかったか?」と。
「ああ、観たよ」
「どんな夢だった?」
「はっきりした事は覚えてないけどラブストーリーだったよ」
「で、ハッピーエンドだったのか?」
「いや、どちらでもない感じだったな」
「そうか、私も観たよ、同じような夢さ」
「いい夢だったの?」
「ああ、最高の夢だったよ」
「それは良かったな」
「ああ」
窓を開けると正に雲一つない快晴であったがあやはヒコーキ雲の一つもない空に少し物足りない心持だった。
誠二が「朝飯の準備して来るからちょっと待ってて」と言うと。
あやは「いいよ、親御さんに見つかったらヤバいだろ、私はこのまま学校に行くよ」とそのまま窓から外へ飛び降りたのだ。誠二はあやらしいと思った。
誠二は朝食を食べている時母に「昨晩誰か来ていたの」と訊かれたが誰も来てないよとあっさり母の疑念を退けた。母も特に気にしている感じでもなかった。
登校中誠二は奈美の事が気になった。あれから何もな元気にしているだろうか、いくら助かったとはいえ女の子が心に傷を負わない訳はない、誠二は奈美に会うべく急いで学校に行く。その姿にはさながら白馬の王子的なものがあった。
学校に着くと急いで教室に向かう。そこで奈美の姿を確認した誠二は一安心した。
一時間目の授業は国語で一つの物語を生徒が順番で読んで行くように先生が指示する。一人目は奈美であった。活舌の良い明るい声で快活にそして心のこもった読み方をする奈美を見て誠二は改めて彼女のその知性と感性、理性、品性に敬服した。
誠二は5番目に読み出したのだがあまり巧くは読めなかった。
休み時間に奈美は誠二の所に来て「あなた本読み下手ね」と笑って言った。
誠二はそんな奈美の顔を見て嬉しくなり昨日の事は敢えて何も口にしなかった。
登校中誠二は奈美の事が気になった。あれから何もな元気にしているだろうか、いくら助かったとはいえ女の子が心に傷を負わない訳はない、誠二は奈美に会うべく急いで学校に行く。その姿にはさながら白馬の王子的なものがあった。
学校に着くと急いで教室に向かう。そこで奈美の姿を確認した誠二は一安心した。
一時間目の授業は国語で一つの物語を生徒が順番で読んで行くように先生が指示する。一人目は奈美であった。活舌の良い明るい声で快活にそして心のこもった読み方をする奈美を見て誠二は改めて彼女のその知性と感性、理性、品性に敬服した。
誠二は5番目に読み出したのだがあまり巧くは読めなかった。
休み時間に奈美は誠二の所に来て「あなた本読み下手ね」と笑って言った。
誠二はそんな奈美の顔を見て嬉しくなり昨日の事は敢えて何も口にしなかった。
昼休みになり昼食を食べ終わるとまた奈美が来て「誠二君ちょっと話があるの」と言うのである。誠二はその時の奈美の表情があまり明るくはなかった事を少し訝り「どうしたの奈美ちゃん?」と言うと奈美は「ここでは何だから外に行こう」と言う。
昼休みのグランドではバスケットやバレーボール、サッカー等をして元気に遊んでいる生徒達が目立つ。グランドの端の方に腰を下ろして涼しい眼差しで遠くを見つめる奈美の横顔は可愛かった。
「誠二君昨日はほんとにありがとう、お陰で助かったわ」
「うん、無事で良かったよ、あれから何も無かっただろ?」
「それがあったのよ」
「え? 何が?」
「体は無事だったけど心に怪我をしたのよ」
「やっぱりそうか、そりゃ女の子だもんな、俺の所為でもあるよ、悪かったな、ゴメン」
「その通りよ、あなたの所為よ」
「何か怒ってる?」
「怒ってるわよ」
「何で?」
「あなたはほんとに鈍い子ね」
「だから何がだよ?」
「あなたはあの子と付き合うべきじゃないのよ」
「またその話かよ」
「何度でも言うわ、これ以上深みに嵌って欲しくないのよ、あなたの為でもあるわ、これからもあの子と付き合っていたら絶体後悔する時が来るわ、それは間違いない事よ」
「何でそこまで俺に干渉するんだ?」
「それは私があなたの事が好きだからよ」と言って奈美は走って立ち去った。
誠二は放心状態になり何が起きたのか分からない、奈美は気がおかしくなっってしまったのか? 確かにあいつとも小学生からの仲ではあるけど今までそんな素振りを見せた事は一度もなかったし、今度の件だけで俺の事が好きになった訳でもあるまい、誠二には訳が分からない。その時たまたま転がって来たサッカーボールを誠二は思い切り蹴り返した。
午後からの授業はいよいよ目前に迫った体育祭の練習を学年合同でするのであった。
徒競走では相変わらずあやが一番早く大勢の歓声が巻き起こる。誠二はこれといって得意な種目もなくただ整然と一つ一つの練習をこなして行くだけだった。
ダンスの練習で奈美の姿を目にした誠二は少しいやらしい目つきになっていた。それを発見した同級生の男子生徒が「おい誠二、お前なんて目つきしてんだよ、誰を見てるんだ?」と訊くと「別に」と誠二は軽くあしらった。
奈美の身体はあやとは少し違って男の目から見ても何かそそるものがあった。この前海岸で練習した時はみんな制服を着ていたのでそれほど感じなかったが体操服姿の奈美の身体は実に綺麗で色っぽく誠二は一時そこから目を離す事が出来なかった。
一連の練習が終わり下校する頃あやは誠二の元へ来て「これからどうするんだ? もう親父には喧嘩もするなって言われたし退屈でしょうがねえよ、またゲームでもしに行くか」と言う。
「ゲームも飽きたな~」
「そうなんだよな~、でも他に何かあるか?」
「じゃあまたカラオケにでも行こう」
「カラオケか、いいな」
「三人でな」
「誰とだよ?」
「奈美さ」
「何であいつまで連れて行くんだよ?」
「今回の件で奈美もちょっと元気を失くしてると思ってな」
「なるほど、お前らしいや」
二人は校門で奈美が来るのを待ってカラオケに誘った。
奈美は意外と快く引き受けて一緒に歩き出す。誠二はこの奈美の昼休みの時とは違う雰囲気に躊躇いを隠せなかった。
三人は電車を一駅区間乗って駅前のカラオケboxに入る。部屋に入ったあやと奈美は「今日は疲れた」とソファーに飛び乗った。
あやは酒を頼んだのだが店員に未成年へのアルコール類は禁止されていますと言われると「いいから酒だよ酒」と鋭い目つきで言うと店員は「分かりました」とあっさり折れた。それを見た誠二は何時もの事のように笑っていたが奈美は少し怪訝そうな顔つきをしている。三人はそれぞれ好きな曲を何曲も歌い大いに盛り上がった。
あやも奈美も歌は上手い、誠二だけが少し下手であったのだが二人は全く気にする様子もなくヒューヒューと口笛を鳴らして「はい次行こう!」と上機嫌だ。
酒が進んで来たあやは三人でデュエットをしようと提案する。二人も「よし行こう」と躊躇う事なく歌い始める。テンションが高くなって来たあやと奈美は誠二の身体に必要以上にくっついて更には頬にキスまでする始末であった。誠二もめちゃくちゃ嬉しかったが「二人共やり過ぎだよ」とはにかんで照れ隠ししている。
するとあやが「お前何照れてるんだよ、嬉しいんだろ、ハーレムだもんな~」と言って誠二の身体に飛びついた。誠二はマイクを離してあやを抱きかかえる。その姿を見た奈美はやむにやめずに啖呵を切った「あやちゃんやり過ぎよ、いい加減にしなよ」と。
あやはそんな事には一向に構わず誠二の身体に抱き着いている。腹に据えかねた奈美はとうとうあやの頬を張ったのである。あやは流石にムカついて「何するんだよおめーは、そこまで怒る事でもねーだろ、お前も今までやってたじゃねーか!」と言って誠二の身体からようやく離れた。
「限度というものがあるでしょ!」
「おめーこの前助けてやったのもう忘れたのかよ?」
「忘れる訳ないでしょ、私の心は今でも傷ついているわよ!」
「それなら黙ってろよ!」
「・・・」
三人のテンションは一気に下がり堕ちてもはや歌どころではなくなったいた。
奈美は「昨日はありがとう」とだけ言い置いて足早に立ち去った。
あやは「あいつ何かあったのか?」と誠二の顔を見て訊く。誠二は「人の気持ちまでは分からないよ」とさりげなく言った。
「昇兄ぃと同じ事言うんだな、人間の気持ちなんて簡単さ、嬉しかったら笑顔になって悲しかったら暗い顔になるだけだよ」
「あやは相変わらず単純でいいな」
「何だよバカにしてんのか?」
「そうじゃないよ、俺も色々考えたくないだけさ」
「ふっ、お前も相変わらずだよ」と笑う。
「じゃあまた明日なー」とあやは快活に言って店を出た二人は家に帰った。
その夜は風が強かった。奈美の事が心配な誠二は食事もあまり喉を通らない、その事を訝った母は「どうしたの誠二? 学校で何かあったの?」と訊いて来る。
「別に何もないよ心配しないで大丈夫だから」
「それならいいけど」
だが母もバカではない、既に誠二の心の変化を感じていたのだった。
一方あやは家に帰って暇を持て余していた。もはや喧嘩も盆に出る事も親分に禁止されて何もする事がない。部屋で下らないテレビを見て煙草を吸いながら独り淋しく酒を飲んでいた。今夜も綺麗な月が出ていて星も結構見える。その月を見てあやは「空は朝も夜も綺麗だな~」と呟いた。
そうしていると親分が部屋に入って来た。何時になく神妙な面持ちをしていて手には酒瓶を提げている。
あやは「何だよ親父、私の部屋に来るなんて珍しいじゃねーか、何か話でもあるのか?」と訊くと。親分は「そうだ、今日は折り入ってお前に話があるんだ」と言うのである。
その後、月は少し傘を被ったような気がした。
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