十章
十章
親分が部屋に入って来た時から月は傘を被り出し風は強さを増して来た。
親分は床にどっかと坐りあやに勺をする。あやは少し訝りならがもそれを受けると一息に飲み干した。親分は「相変わらずいい飲みっぷりだな~」と笑みを泛べる。
「で、話というのは?」
「ああ他でもない、お前の事だ」
「何だよ、改まって」
「お前、昇司と一緒にならないか?」
「なんだって? いきなりどうしたんだよ?」
「いきなりでもないんだが、あいつはお前も知ってるように武闘派で若い衆達からも結構慕われてるし二人が一緒になってくれたら俺も安心して後釜を任せる事が出来るんだ」
「・・・」
「勿論お前の事情もあるとは思うが悪い話じゃないだろ?」
「・・・」
「そうか、誠二君だな、あの子の事を考えてるのか」
「別に」
「確かにあの子も強くなって今度の件でも活躍したし俺も気に入ってはいるけど、あくまでも堅気さんだ、あの子には極道も向いてもないしな」
「別にヤクザにならなくてもいいじゃん」
「それはダメだな、俺にはお前しか息子はいないんだよ、どうあっても次の代は自分の血縁から出したいんだよ、そうじゃなかったら長年に渡るうちの一家の誇りを潰してしまう事になるからな」
「じゃあ私がなったらいいじゃん」
「だから、いくらお前が男勝りとはいえ女組長ではカッコがつかないんだって」
「それでこの前あんな事言ったのかよ」
「ま~そういう事だな」
「昇司をうちに婿入りさせてお前と二人三脚、一家を盛り立てて行っ欲しいんだよ、分かるだろ」
親分はあやに勺をし続ける。
「親父、もういいから、後は勝手に飲むから」
「そうか・・・、ま、今直ぐ答えを出せとは言わないが考えておいてくれや」
と言って親分は酒瓶を置いたまま部屋を出た。
あやは釈然としない心持でやけ酒を飲み続けた。
昇兄ぃは好きだけど何で一回りも年の離れたあの人と私が結婚なんてしなきゃいけないんだ、昇兄ぃは今のままの昇兄ぃでいいんだ、親父の言う事も分からないでもないが私は誠二が好きなんだ、と錯綜した思いが心を駆け巡る。一体私はどうすればいいんだとひたすら考えたが良い答えは何一つ出て来ない。あやはその晩ムシャクシャした思いのまま眠りに就いた。
翌朝はやはり雨だった。
気性の割に悪天候が大嫌いだったあやは学校に行くのも億劫だったが家に居ても暇で仕方ない、庭に出ると二頭の愛犬が吠えながらあやに近づく。
何時ものようにハグをしたあやは少し気が晴れたような気がした。
登校したあやは授業中またサイコロを振り始める。意外と今日は思うような賽の目が出る事に少し戸惑った。何故こんな気分の時に限って賽振りが巧く行くのか自分でも分からない、だが前向きな性格のあやはこれは吉兆と思い誠二に会いたくなったのである。
昼休みになりあやは真っ先かけて誠二に会いに行く。しかしあやの目には想定外の光景が映っていた。
誠二は奈美と一緒に楽しそうに語らっているのである。それを見たあやは「お二人さん、今日も仲がいい事で結構だね~」と嫌味を言うと奈美は何も言わずに立ち去った。
「あいつは何時も逃げるな~」
「そりゃ、あやには負けるの分かってるから仕方ないだろ」
「そうかな~、この前は引っぱたかれたけどな」
「もうその話はいいじゃん」
「・・・」
あやは誠二の目を見つめたが誠二はたまに目を反らす。煮えたぎらないあやは誠二を外に連れ出して「お前本当に私の事好きなのか?」と問い詰めた。
「何怒ってるんだよ、好きに決まってるじゃんか」
「私の目を見て言えよ!」
誠二はあやの目を見はしたがその視線は定まっていない、あやには何か吹っ切れないものがあった。
「ま~いいや、で、今日はどうするんだ?」
「今日は何処へも行かず家に帰るよ」
「つまんねえな~」
「あやもたまには真っすぐ家に帰れよ」
それを訊いたあやは少し悲しい気持ちになっていた。
それでもあやはたまには誠二の言う事も聞いてやるかと素直に家に帰る事にした。季節は秋になっていて街路には綺麗な紅葉が咲き誇りその姿は哀愁に充ちている。あやは「もう秋か、早いな~」と呟いた。
家に帰ったあやは案の定退屈でする事がない。居てもたってもいられなくなり行きつけのスナックに行く事にした。
店の前に着くとまだ夕方であるにも関わらず中からは既に歌声が聴こえて来る、如何にも年配の人が唄う演歌の声であった。
店に入るとママが「あら、あやちゃん久しぶりじゃない、元気してたの」と快活に声を掛けてくれる。「まーな~」と言ってあやは席に着いた。
あやは一杯目のビールを一気飲みした。それを見たママは「相変わらずね~あやちゃん、そのいい飲みっぷりは見てるだけでも気持ちいいよ」と笑いながら言う。
他の客も朗らかに笑っていた。
酒が進んで来た頃客の一人の男が「あやちゃん俺とデュエットしてくれないかな?」と言う。あやは快く引き受けて一緒に歌っていたのだが途中で何か不審な感触を身体に覚えた。
一緒に歌っていた男があやの身体に必要以上に触れていたのである。それを感じたあやは頭に血が上り男をぶん殴った。それを見たみんなは慌てて「どうしたんだよ、あやちゃん、何かあったのか?」と訊くとあやは「このおっさん私の身体に触って来たんだよ」と憤っている。ママは「ま~あやちゃんちょっとぐらい大目に見てやったら?」と言う。
「そうはいかねえよ、ママも私の性格は知ってるだろ?」
「ま、確かにあやちゃんの言う通りだけどさ」
あやはムカついてその後直ぐに店を出た。
「全く世の中バカしかいねえのかよ」と独り言を呟きながら歩いて帰った。
少し歩くと紅葉の樹は街の灯りにライトアップされて更に美しさを増していた。
あやは気が紛れたような心持になったが時計を見るとまだ八時過ぎ、このまま家に帰っても退屈だし何か物足りない気がして暫く街をうろついていた。
「何か面白い事でもねーかな~」と欠伸をしながら歩いていると路上でトラブルを起こしている一団が遠くに見える。あやは興味津々で駆け付けた。数人のグループ同士が喧嘩をしていたのだが、どう見ても片方が劣勢である。あやは劣勢の方に味方して喧嘩に参加した。
何時ものように暴れまくるあやの姿は意気揚々として実に活気に溢れている。あやは素早く相手を叩きのめしたが余りの手応えの無さに幻滅した。劣勢だった一向は「何方か知りませんが助けて貰い有り難う御座いました」と礼を言う。
「気ぃ付けて帰れよ~」とだけ言ってあやは立ち去った。
家に帰りあやは真っ先に風呂に入る。鏡で背中の入れ墨を眺めながら「情けなねーな~、こんなんじゃ背中の龍も観音様も泣いてるだろうな~」と悲観的になり何時もより力強く、そして優しく背中をタオルで擦り出した。
部屋に入るともう酒は飲まずに横にる。
空に輝く星々が少し恨めしく思えた。
誠二もその日は真っすぐ家に帰ったのだが相変わらず鬱屈した思いが顔を曇らせる。
晩御飯の時に母は言う「誠二、あんたあやちゃんと付き合ってるでしょ」
「何で知ってるんだよ?」
「みんな知ってるわよ、そこまで隠密な関係でもないでしょ」
「そうだったのか~」
「母さんも思春期の貴方達に文句を言うつもりはないけど、あの子はヤクザの子だしね~」
「奈美と同じ事言うんだな」
「あなた達まさか三角関係になってるの?」
「別にそんな大袈裟なもんじゃないよ」
「まぁ色々あるでしょうけど母さんは奈美ちゃんの方が好きだわ」
誠二は何故か居たたまれない気持ちになった。
「親不孝なんかしないから心配しないで」
「母さんの事は別にいいのよ」
誠二の母は優しい子供思いの人だった。
その晩は誠二も窓から微かに見える紅葉を見て少し感傷的な気持ちになっていた。
翌朝登校すると学校は一週間後に控えた体育祭の練習一色になったいた。
全学年が一斉に取り組む練習の姿は実に勇ましく活気に満ちていた。
誠二は相変わらず奈美の姿を卑猥な目つきで眺めていると今度は女子生徒から注意される。「誠二君、あなた何見てるの? いやらしいわよ」
「人の勝手じゃん」
「そんなに奈美が好きだったら素直に告白したら? みんなそう思ってるわよ」
「何で俺なんかの事をに一々干渉してるんだよ」
「みんな奈美を応援してるからよ」
「だからそういう事は人の勝手だろって」
「それならあやに告白したらいいじゃん、あなたは優柔不断過ぎるのよ」
誠二はその的を得た言い方に戸惑いを隠せなかった。
確かにこのままではダメだ、このまま行くと二人に対して悪い、いや、自分自身にも決して良い結果が齎される事はないだろう、だがどうすれば良いのだ、葛藤していたら同級生の声が聞こえる「誠二、何してんだよ次はお前の番だぞ」と。
徒競走で誠二の番が来ていたのだった。誠二は鬱憤を晴らすべく無我になった気持ちで走り抜いた。結果は一位だった。それを見たみんなは「誠二凄いじゃないか、お前何時からそんなに速くなったんんだ?」と褒めそやす。
誠二は少し嬉しかった。辺りを見渡すと奈美がこっちを向いて笑っている。誠二も軽く笑って返したのだが、そこから少し目を移すとあやが怪訝そうな顔つきでこっちを見ている。
あやはやはり二人の仲を怪しんでいたのだ。そう感じた誠二は直ぐあやから目を反らす。そんなやり切れない日々が続いていたのであった。
放課後誠二は久しぶりに空手の稽古に行った。
体育祭の練習で少し疲れていた誠二は空手の稽古にもあまり身が入らない。
それを見かねた師範が誠二にこう言った。
「お前悩んでるだろ」
「すいません、頑張ります、押忍!」
「今日は帰れ、そんな気持ちではいくら稽古をしても同じだ、格闘技は気技一体となっていなければ上達しないんだ、それぐらい分かるだろ、これ以上やっても今日は何の成果もない、帰れ」
そう言われた誠二はやむなく帰る事にした。
道場を後にする頃、師範が近寄って来る。
師範はいきなり「お前あやとは縁を切れ」と言い出したのだ。
それを訊いた誠二は放心状態になった。何故師範までもがこんな事を言うのか訳が分からない。
誠二は改めて師範と向き合った。
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