七章

  七章



 その晩あやは久しぶりに夢を観た。ストーリーははっきりしないが大蛇に喉を咬まれる夢だった。大蛇があやの体中に巻き付きいくら足掻いても身動き一つ取れない、そしていよいよ咬まれそうになった時夢から覚めた。

汗をかいて飛び起きたあやは素早く煙草に火を着ける。こんな怖ろしい夢を観たのは初めてだった。

だがそんな悪夢ごときに翻弄されるあやでもない、何時ものように二頭の愛犬にハグをしてから学校へ行く。この行程は何も変わらないのである。


学校では体育祭間近という事もあって頻繁にその練習が行われていた。あやは体育会系だったので練習には気が逸る。100mを六秒フラットで走り切るあやを見たみんなは歓声を上げて「流石はあや、あいつには誰も敵わねーな~」と褒めそやす。そんな声を聴いたあやは上機嫌で他の競技にも精を出してた。


その日あやは食堂で昼食をとる事にした。体育祭の練習で腹が減ったのか何時もの弁当だけでは物足りなく思いうどんが食べたくなったのだ。


きつねうどんを食べ出したあやは何故か箸が進まない。うどんの麺が昨晩観た夢に出て来た蛇に見えるのだ。麺が蛇であげが自分の身体に見えて仕方ない。気持ち悪くなったあやは途中で食べるのを止めて誰もいない場所へ行き煙草を吸い出した。

「あー気持ち悪かった、何でこんな気分になったんだろう、私らしくもない」と心の中で呟く。だが空を見上げヒコーキ雲を発見したあやは一時的に元気になれた気がした。


午後の授業を終え帰ろうとする時あやは誠二と奈美が仲良く話している所を目にする。「お二人さん仲いいね~、今からデートですか~」と茶化すあやに誠二が

「何言ってんだよ、ただ偶然会っただけだよ」と反論する。

「皆まで言うんじゃねーよ、だったらこれからみんなで遊びに行くか?」

「何処に?、まさかまた喧嘩しに行くんじゃないだろうな?」

「私だってバカじゃない、綺麗なお嬢さんがいるのにそんな事するかよ」

「私は行かないわよ」とそっぽを向く奈美を強引に引き留め三人は一緒に車に乗った。

車の中でも奈美は愛想がなく一言も喋ろうとしない、そんな奈美が気になったあやはある提案を出した。

「みんなで海に行こうぜ!」

それを訊いた奈美は間髪入れずに「海なんか行ってどうすんのよ?」と怪訝そうな顔つきで言う。

「砂浜で体育祭の練習をするんだ、結構いい案だろ?」

暫く考えていた奈美と誠二の二人が声を揃えるように「なるほど、それはいいな!」

と快活な表情を浮かべて言った。

あやはシンに「海だ」と当たり前のように命令する。

「へい、分かりました」


九月の海は夏祭りが終わったような静けさを漂わせていて哀愁に充ちた光景である。

久しぶりに海に来たのか奈美はさっきまでとは打って変わって元気よく爽快に砂浜を駆け出した。

「あー気持ちいい! 海は最高ね!」と朗らかに笑う奈美。それを見たあやも誠二も一安心していた。

三人は徒競走からリレー走、組体操にダンスまでして大いに汗をかいた。組体操やダンスを女二人相手にしている誠二は二人の身体に触れる度に凄い贅沢をしているような心持になってにやにやしているとあやと奈美に「何にやついてんだよ、気持ち悪い奴だな」と言われだがそれでも嬉しい気持ちに変わりなかった。

シンも流石にこれには参加せずに遠くから見守っているだけであった。

一連の練習が終わり疲れ果てた三人は波打ち際に腰を下ろす。

「今日は楽しかったな~」と言うあやに「そうだね」と言う奈美。

誠二は何も言わずに一人で黄昏れていた。

「おめー何考えてんだよ、もっと明るい顔しろよ!」と言うあや。

そんな誠二の顔を見た奈美も少し神妙な面持ちになった。

六時半位になり日が沈んで来たのでみんなは帰る事にした。


帰りの道中シンは珍しく車を飛ばした。

あやが「おめー何してんだよ、今日は奈美もいるんだぞ、もうちょっと安全運転しろ

よ」と言うと「すいませんでした」と素直に謝るシン。

そんな二人のやり取りを見た奈美はやはりこの人達は住んでる世界が違うなと思った。


家に着いたあやが「シン、二人をちゃんと家まで送るんだぞ」と言うとシンは「そこまでする義理はないです」と言った。

「なんだとテメー、テメーまで私にヤマ返すのかコラ!」と言ってシンの胸倉を掴む。すると奈美は「私は歩いて帰るからいいよ、そんなに遠くもないし」と言う。

それでも奈美が心配になったあやは誠二に一緒に帰ってやれよと進言した。誠二は快く承諾して「奈美ちゃん一緒に帰ろう」と言った。

あやは二人を帰した後改めてシンにカマシを入れた。


誠二と奈美は帰り路でもあまり喋らなかったが途中公園のベンチに坐って少し休憩した。暫くして奈美が口を開く「あなた本当にあの子が好きなの?」と。

「好きだよ、悪いか?」

「悪いね、絶体に本気じゃないでしょ」

「何でそんな事が分かるんだ?」

「女の感よ」

「そんなのあてになるかよ」

「なるわよ、あやもあなたの事本当に好きなのか分かったもんじゃないわ」

「余計なお世話だよ」

「いいや、これだけは言わせて、あなたは強く成りたいだけであの子と付き合ってるのよ、勿論それ自体は悪くないわ、でもあの子はあくまでもヤクザの娘で私達とは住んでる世界が違うのよ、あなただってそれくらいの事は分かるわよね」

「だから分かったうえで付き合ってるんだって」

「いいや分かってないわ、あなたはヤクザになる覚悟は出来てるの?」

「何で俺がヤクザになんなきゃいけないんだよ?」

「あの子は一人娘よ、いくらあの子が強いったって女組長なんて聞いた事もないわ」

「そこまで考える事ないだろ」

「あなたは甘いわよ」と言って奈美は走って帰った。

誠二は石ころを蹴りながら家に帰った。


あやはその晩も盆を執っていた。相変わら賽振りは鮮やかで美しい。親分も盆はあやに任せて姿を見せる事も少なくなったいた。


一方誠二は奈美に言われた事が気になって晩御飯もあまり喉を通らない。

部屋に入りまた刀を抜く。その閃光は何時になく誠二に勇気を与えてくれる。誠二は奈美の言っていた事など杞憂に過ぎないと確信していた。


それから風呂に入り床に就こうとした時、母が思わぬ凶報を知らせる。

奈美が家に帰っていないのだと言うのである。それを訊いた誠二は矢も楯も無く外へ出てあやの家に一目散に駆け出した。母は誠二を心配していた。

あやの家に着いた誠二はその事を急いで告げた。あやは今から「探しに行くぞ」と車を出すようにシンに言おうとしたがシンはいなかった。当番は一日中家にいなければいけないのに一体何処に行ったのか? こんな事で一々親父に言うのもカッコが悪い。

仕方なく二人は歩いて奈美を探す事にした。

街をあちこち探すが奈美は何処にも見当たらない。歩行者やその辺にたまったいるチンピラにも訊いたが何の手掛かりも掴めない。そのチンピラにも探すように命令するあや。

取り合えず交番で捜索願いを出して一旦家に帰るとまるであやの帰宅を待っていたかのように電話が鳴り響く。電話を取ったあやには戦慄が走った。

「お嬢、あの子は預かりました、返して欲しければ明日の夕方第三埠頭の倉庫跡に一人で来て下さい、女の事は心配いりません、丁重に扱っていますから」と言う声は明らかににシンの声であった。










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