六章

 六章



いよいよ長かった夏休みも終わり新学期が始まる。誠二は意気揚々とした心持で学校に通う。今や二人の仲は学校でも周知の事実となっていた。

新学期になったとはいえ夏は終わってない、九月上旬はまだ暑く誠二の半袖の学生服の上からも汗が滲み出て来る。その汗を肩で拭おうとした瞬間ハンカチを誠二の額に当てる者がいる。誠二はあやかと思い「脅かすなよあや~」と言って振り向くとそこには奈美の姿があった。この奈美も誠二あやとは小学生からの同級生でこの前の一件もあり誠二は嬉しい気分になっていた。

奈美は言う「誠二君久しぶり、夏休みはどうだった?」

「ま、それなりに楽しんだけどね」

「ふ~ん、そうなんだ」

「何だよ」

「別に何もないわ」と言って奈美は足早にその場を立ち去った。

誠二にはあの子が何を言いたかったのかよく分からない、釈然としない気持ちのまま教室に辿り着いた。


もはや今の誠二に文句を言ってくる者も、まして揶揄おうとする者など一人もいない。誠二は堂々と机に坐って授業を受ける、その姿は以前の誠二の姿ではなかったのである。

昼休みになり誠二はあやの事が気になり二つ隣の教室へ向かう。しかしあやは居なかった。他の生徒に訊くと今日は休んでいるらしい。あやが学校を休むのは珍しい事であったので暇を持て余した誠二は奈美の所へ行き昼休みを潰そうとした。

奈美は朝の雰囲気とは打って変わって何か愛想がない様子だ。それを訝った誠二は「どうしたの奈美ちゃん、元気なさそうだけど何かあった?」と訊いた。

「だから~別に何もないけど」

「だったら元気出せよ」

「じゃあ訊くけどあなた何故あんな子と付き合ってるの? いくら幼馴染といってもあの子はヤクザの娘なんだよ、誠二君とは不釣り合いだわ」

「そんな事分かってるさ、でも俺はあいつの事が好きなんだ」

「へ~変わったわね誠二君、もう昔の誠二君じゃないのね、私の知ってる誠二君はそんなんじゃ無かったわ、もっと真面目で素直で優しくて何時も朗らかで、喧嘩なんかする子じゃなかったのよ」

「ちょっと待てよ、そりゃ俺だって変わるさ、弱かった自分が嫌いで嫌いで仕方なかったんだよ、でも本質的な所は何も変わってないよ」

「本質って何よ?」

「それは・・・」

「ほら言えないじゃない、誠二君は変わったのよ」と言って奈美はまた立ち去った。


午後からの授業中誠二は考えていた。俺は決して変わってなんかいない、ただちょっと強くなっただけなんだ、それの何処が悪いんだと。


その日誠二は道場へは向かわず、あやの家に立ち寄った。心配だったのだ。

あやは家に居た。誠二の顔を見ると「なんだ、わざわざ来てくれたのか、何も心配するような事はねーよ」とは言ってるが少し怪訝そうなあやの表情が気になる。

「何かあったのか?」

「何もねーって」奈美と同じ事を言うあや。

「風邪でも引いたのか?」

「私が風邪なんか引く訳ねーだろ、しつけーな~、だったら言ってやるよ、今朝うちの運転手の若い衆が下手打ったんだよ」

「どんな事?」

「道を間違えたって事さ、態度が悪かったからちょっとカマシ入れてやったら、もうこんな事やってられないとか言い出したんだ、どうもおかしいと思ってそいつの手を掴んで見たら注射の痕があったんだ、シャブだよ、シャブのシノギに手出すだけでもうちでは御法度なのに、あいつは自分で喰ってたんだよ、博打一本でやって来たうちの一家ではそれだけでも完全な外道だ」

「じゃあ辞めて貰ったら?」

「相変わらずバカだなおめーは、うちらの世界ではそう簡単には行かねーんだよ、辞めるのは勝手だが下手打ちした事に対してのケジメが必要なんだよ」

「それでどうするつもりなんだよ?」

「まあどの道破門にはなるだろうけど、エンコの一本ぐらいは飛ばす事になるだろうな~」

「エンコって指の事か?」

「あぁ、よく知ってんじゃねーか」

誠二はそれぐらいの事で一々指を飛ばしていたら指が何本あったも足りないと改めてヤクザ社会の恐ろしさを知ったような感じになった。


その晩誠二はなかなか眠る事が出来なかった。

奈美とあや、今日一日だけで色んな事があったような感じがして神経質な誠二は一々思い悩むのであった。

全てを払拭させてくれる会心の一撃のようなものはないものかとまた刀を手に取る。

すると何時ものように眩しい光が差し込んで来る、その刀身に映る自分の顔を見て、俺は今迷っているのか、とすれば一体何に対して? 何故に? むしゃくしゃした誠二は刀を縦に一振り一閃した。理屈抜きに何かが吹っ切れたような錯覚ともいえる心地よい空気が漂う。しかし次の瞬間これはどうしたんだ? 俺は今何をしたんだ? と吹っ切れた筈の気持ちはまた迷走に向かう。苛立った誠二はその刃の尖端を足の指先に落とした。

触れただけで血が滲み出て来る。少し痛かった。だがその流れ出した血を見て誠二は我に返る事が出来たのだった。

深夜二時半、誠二はようやく眠りに就く事が出来た。


次の日も天気は良かった。またヒコーキ雲が流れている。

あやは空を見て「今日もいっちょやってやるか!」と爽快な気持ちで登校する。

運転手は長い付き合いのシンであった。だが道中シンが妙な事を口走る「お嬢シュンの事ですが穏便に済ましてやる事は出来ないですかね?」と言うのである。

「おめー何言ってんだよ、あいつが何やってたのか知ってんだろ?」

「勿論です、ですけどあいつは自分とは古い仲でもあるんです、どうか穏便に頼みます」

「ふざけんじゃねーよコラ、おめーそんな温い覚悟でよくこの世界に入って来たな、この世界に浪花節なんかは通用しねーんだよ!」

「そうですよね・・・」

あやはせっかく晴れていた自分の心と天に対して寧ろ苛立ち車の窓を開け外に唾を吐いた。


学校では相変わらず眠たい授業が待っていたので何時ものようにサイコロを振って遊んでいた。

昼休みに誠二に会ったあやは「昨日は悪かったな」と意味もなくそういう言葉が出ていた。

「何も謝って貰う事なんかないけどな」

「そうだな、埋め合わせって訳じゃなねーけど今日も喧嘩しに行くか?」

「いや、今はそんな気分じゃないんだよ」

「また何か考えてんのか? どうつもこいつも眠てー奴ばっかだな」

「そんなんじゃないよ」

「はいはい分かってますよ、少しは大人になれって言いたいんだろ」

「そういう訳でもないけど」

「ふん、相変わらずはっきりしねー奴だな~、ま~いいや、だったらゲーセンにでも行くか、私のパンチの威力を見せてやるからよ!」

「そうだな」


放課後になりあやと二人で下校する時誠二は奈美の姿を見た。

奈美も誠二に気付いたらしく目を見て軽く微笑んだような気がした。

あやは「何だよあいつお前に色目使いやがってよ」と不機嫌そうに言う。

「そんなんじゃないだろ」と誠二も取り合えず相槌を打ったつもりでいた。


ゲームセンターに着いた三人は真っ先にパンチングマシーンに向かう。弱そうな奴等がゲームをしたいた。あやはそいつらに対して「ヘタレ君は早く家に帰って勉強でもしてろよ!」と言い放ち強引にゲームを止めさせた。

誠二はまたか~と思ったが後の祭りであった。

その連中もあやの事は知っていたらしく何も反抗もせずに立ち去る。あやは上機嫌でゲームをし始める。正に何時もの光景ではあった。

得点は勿論あやがトップで次いで誠二、シンは二人のそれを遙かに下回っていたのである。それを訝ったあやが「シンおめーまだ何か考えてんのかよ」と訊くと

「いや、そんな事はないです」と言葉少なに言うシン。

取り合えずトップの得点だったからヨシとするかといった感じであやは帰る事にした。


家に帰り晩飯を済ませた頃親分が厳しい顔つきであやに言う

「取り合えずあいつは破門にしたからこれから当面の間お前の運転手はシン一人だけだ」

「で、ケジメは取らせたのかよ?」

「それは当たり前だ」

それを訊いたあやは一安心したものの心の何処かでシュンを憐れむ気持ちもあった事は否めない。いくら男勝りとはいえ所詮は女でまだ高校生であるあやには仕方なかったのかもしれない。

その晩も半月が出ていたが少し傘を被っているその姿はあやを快く眠らせてはくれなかった。






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