五章

  五章



 部屋に通された誠二は何も口にせずただ座していた。あやは女のくせに胡坐をかいている。

暫くすると着物姿の親分が入って来て「おう誠二君久しぶりだな、よく来た、どうだ面白かったか?」と意外と気さくな挨拶をしてくれた事に誠二も少しは力が抜けた思いになり素直に「はい」と答えた。

「ま~足崩して楽にしなさんな」

「有り難う御座います」

その部屋は十六畳ほどある和室で畳は綺麗な青に近い緑色で床の間には三本の恰好の良い高そうな刀が飾られている。その刀を凝視していた誠二を見た親分は

「おうあれか、あれは備前長船兼光といってな、岡山の名刀だよ、持って帰るか?」

「いいえ、とんでもありません」

「ま~遠慮するなって、昔から知らない間柄でもねえし今やあやのいい人なんだから、やるよ」

それ以上は断る勇気もなかった誠二はその刀を有難く頂いた。

するとあやが「良かったな~おい、親父は刀のコレクションが好きで何十本も持ってるのに私はまだ一本も貰った事ねえんだぜ、ほんとに羨ましいよ」と快活に笑いながら言う。

「刀を鞘から抜いてその光輝く刀身を眺めていたら心が洗われて力が沸いて来るんだよ、ま、家に帰ってから確かめるといい」

「はい分かりました」

「ところで誠二君、君ははっきり覚えてねえだろうがまだ二人が幼い頃君はあやをおぶってこの家まで運んでくれたんだよな、恐らくあやは覚えてると思うがな」

「あ~覚えてるよ」

「やっぱりな、お前はその事が忘れられずに誠二君と仲良くなったんだろ、お前は単純な奴だからな」

「そんなんじゃねえよ」

「まあそういう気の優しい誠二君で義理もある事だから、あやと付き合う事は別に構わねえが、ヤクザの一人娘である事は忘れないで欲しいんだ」とちょっと厳しい顔つきをして言った。

「何言ってんだよ親父」

誠二はせっかく楽になった気持ちがまた少し強張って行くような気がした。

親分が「おい」と声を掛けると若い衆が饗膳を整えて入って来た。


「誠二君、取り合えず一献」と親分は盃を差し出し勺をしてくれる。誠二は酒など飲んだ事もなかったがとてもじゃないが断われる雰囲気でもなかったので有難く頂いた。日本酒みたいだったが初めて飲んだ酒は苦くて辛い、強く喉を刺激する違和感があったが飲み終えると少し甘い感じもした。そして急いであての菓子を食べると、あやが「お前初めてかよ」と笑い飛ばす。親分は「いい飲みっぷりだ」と褒めてくれた。

誠二はこの最初の一口だけで顔が少し赤くなっているのが自分でも分かった。

あやは平気な面持ち豪快に酒を飲んでいる。そんなあやを見た誠二はこいつはどれだけタフなんだと思い自分の弱さを恥じた。

「ま、後はゆっくりして行きな」と親分は部屋を出る。誠二は「有り難う御座いました」と言い終わるとやっとこさ解放された気分になった。あやは既に何杯も酒を飲みいい調子になっていて「おうシン、そんなとこに坐ってないでお前もこっち来て飲めよ、退屈だろ」と酒を勧める。シンは「それじゃお言葉に甘えて」とあやから勺をして貰った。

「シン、この前の喧嘩面白かっただろ」

「はい、そうですね」

「またしようや」

「楽しみです」

「おう、お前今度はやられるなよ」

「はい・・・」

すると誠二が「明日行こう」と似合わない事を言い出した。酒が回って来たのだろうか。あやは「おっ! やっとその気になったのか」と嬉しそうだ。

「分かった、じゃあ明日な」と一瞬にして話がまとまってしまった。

三人はいい調子になりその晩は大いに飲み明かした。


帰りの車の中でシンは「誠二さん、あんな事言って大丈夫ですかい、俺達は嬉しいぐらいだけどあんたはあくまでも堅気さんですし、あまり調子乗っているともしもって事もありますからねぇ、勿論そうなったら自分らは全力で誠二さんを助けるつもりですが」と少し心配そうな顔で言う。

「大丈夫ですよ、今は空手もやってて前までの自分とは違うんです」

「それならいいのですが」


家に着いた誠二はそのまま横になった。酔いが覚めて来てさっき言った事を少し後悔していたがそれが本音でもあった。その晩は何の夢も観ずに熟睡した。


翌日誠二は昼まで空手の稽古に出ていた。みるみる上達し今では初段になり師範は無論同僚や先輩達からも認められる存在になっていた。

師範は言う「お前大分強くなったな、それは良い事この上なく俺も嬉しいのだが喧嘩はダメだぞ」と念を押す。「あやはあういう奴だから特別なんだよ、家柄もあるしな、あいつの親父さんからも多少の事は大目に見てやってくれと頼まれてもいる、だがこれからが問題だ、今はまだ高校生だからいいが大人になってまであんな事ばかりしていたら何時かはやられる、いくらあいつが強いといっても所詮は女だしな、子供の喧嘩で終わるような甘い世界でもねえだろ、俺もあいつが子供の頃から面倒見て来たから好きなんだよ、あいつを見てたら危なっかしくてな~」

「大丈夫ですよ、俺が付いてます」

「えらく頼もしい事を言うようになったな、じゃあ頼むぞ!」

「押忍!」

誠二はあやの事を守るという意味でそう言っただけで喧嘩を辞めるつもりはなかった。

師範がそこまで読んでいたのかまでは分からない。


稽古を終えた誠二は一直線にあやの家に向かった。あやとシンが出て来て「じゃあ行くか」と颯爽と出発しようとする姿は清々しかった。

街へ出て歩いていると恐らくはカツアゲをされているような場面が目についた。早速三人はそいつらに絡んで行く。あやが三人を誠二とシンはそれぞれ二人を相手して計七人を一瞬にして叩きのめす。今度は誰一人危ないシーンもなくあっさり片付けて次に行く事にした。

「全然張り合いなかったな、今はあんな奴等ばっかだな」と快活に言うあやを見てシンは昂奮しながらも何時になく慎重な顔つきをしている。

「なんだよシン、そんな顔しちゃってさ、楽しくねーのかよ」

「いえ、そんな事ありません」

「もっと暴れまくろうぜ」

「そうですね」


そのまま街を流した後ちょっと方向を変えて高架下を歩いていたら次はホームレス狩りをしている中高生がいる。あやはこういう類の連中が大嫌いだった。勿論そのグループも瞬殺した。歯ごたえのある奴は一人もいなかった。次も、その次も。

もはや世直し隊でもしている風であったが三人共気持ちは良く何か達成感があったような妙な心境だった。

この調子で行けばこの辺のゴミは一掃出来るとさえ思えて来たのである。

あやは「また次行こう」と言う。流石に疲れた誠二とシンの二人は「今日はもうこの辺でいいんじゃないの」と言うと「もうヘタっちまったのかよ、しょうがねな」と渋々諦めた。あやは疲れを感じず物事を全く省みない性格だったのだろうか。


その晩もあやは心地よく眠りに就いたが誠二は少し思い悩んでいた。

今頃になって昼間師範に言われた事を思い出したのである。確かにあまり調子に乗り過ぎるのも危ない気がするし自分の将来の事も考えなければならないとまた我に返った。

その夜は少し風が出て来てコオロギの鳴き声が優しく聴こえていた。


夏休みも終盤に近付き誠二は残しておいた読書感想文に手を着けた。

未だに読むのは怖かったがもはや逡巡している時ではない。そう割り切って読み出すと、やはり雲行きは怪しい限りだ。途中までは結構良い方向に向かっているような気もしていたのだがどうも二人は結ばれそうにない、それどころか悲惨な結末が待っていそうだ。身分の低い女の方はそれが理由で今や囚われの身にさえなっている。これからどう考えてもハッピーエンドで終わる気がしない。そう思った誠二はあと50頁程を残してまた読むのを止めてしまった。

改めて自分のメンタルの弱さを恥じた。そうして葛藤している時誠二はあやの父親から頂いた刀に手をかける。鞘から刀身を抜くと鋭い閃光が部屋中を光の海に沈める。眩しくなった誠二は一瞬目を閉じた。そして触れるだけで切れそうな刃を縦に持ち先から先まで見つめると親分の言った通り勇気が湧いて来る気がしたのである。

刀をそっと鞘に納めまた物語の続きを読み出した。






















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