四章

  四章


 

 夏休みに入り今度は誠二の方から積極的にあやを海水浴に誘った。

「海か~いいな~、でも私は背中に墨入れてるからな~、そうだ、それなら親父が贔屓にしてるプールに行くか?」

「海もプールも一緒だろ?」

「それが違うんだよ、そこは親父とは古い付き合いで貸し切りにしてたまに若い衆を連れて行く事もあるんだ、そこなら気兼ねなく遊べるぜ!」

「なるほど、いいな」

誠二も本当は二人きりで行きたかったのだがそれは仕方がない。あやと一緒ならいいと割り切る事にした。


その日も晴れていた。照り付ける夏の陽射しが眩しい、燦然と輝く太陽を見て誠二は青春を謳歌している気持ちになっていた。

だがいざプールに着くと更衣室には入れ墨軍団がこぞって入って来る。一体何人いるんだとちょっと気後れしていたが鏡に映る自分の逞しい身体は誠二のそれを払拭させてくれた。空手をし出してから体重も10k増え肩、胸、腹、足には明らかに筋肉が付き立派な男の体型に成長している。そんな自分の姿を目の当たりにした誠二は「いい身体になると自信が芽生えるもんなんだな~」と思った。

「兄さん、いい提案出してくれてサンキューな、俺達は普段からあまり身体動かしてねーからよ、そんなふてった身体に水泳は持って来いなんだよ、日頃の鬱憤も溜まってるしな」

「いいえ」

誠二は嬉しい気持ちになっていた。


プールサイドでは既にあや達が空手ごっこなどをして遊んでいる。

「みんなお前のお陰だってハリキってるぞ、お前も粋な事を思いつくもんだな」と機嫌だ。

誠二はこうなったら思いっきり遊んでやれと意気揚々と一番手でプールに飛び込んだ。

「おー!」という歓声と共に他のメンバーも次々に飛び込む。下手な人は腹から飛び込んで「バシャーン」という鈍い音が響く。それを見てみんなは大いに笑っている。

取り合えず25m泳いでそこで休憩しているとあやが綺麗な曲線を描いて飛びこむ姿が目に入った。そして25mを一瞬で泳ぎ切ったのである。それを見た若い衆達は「お嬢流石ですね~、あや姉最高!」と拍手しながら大きい声を上げる。

誠二はあやは何でも出来るのかと呆気にとられていたが水色のハイレグ水着から透けて食み出して見える入れ墨は実に綺麗で神秘的妖艶で且つ威圧感があり、他のメンバーのそれとは天地の差があるほどの美しさに愕いた。


次に潜ったままで誰が一番泳げるかという競技をそれも賭けでやる事にした。

当然みんなはあやに賭ける事が分かっていたので賭けにもならない。でも一応は真剣に泳いだ。結果は勿論あやが一番で100mを泳ぎ切ったのである。それを見たみんなはまたあやを褒めそやす。誠二も柄にもなく負けん気を出して75mを泳ぎ切った。

他は皆25mも行かなかった。

するとあやが「すげーじゃねーか、お前が2番目かよ」と笑いながらはしゃいでいる。

他のメンバーも「兄さんも結構やるね~」と褒める。

みんなは大いに楽しんだ。


プールを後にした若い衆達は口々に言う「兄さんお陰で今日は息抜きできましたよ、ほんとにありがとう」

誠二はただ提案しただけでこれほど律儀に礼を言ってくれる事を訝りあの人達は普段よっぽど気を遣ってるんだな~とちょっとした憐みも覚えた。

あやは「今日は楽しかったな、今度家に遊びに来いよ面白いもの見せてやるよ」と上機嫌で帰って行く。サングラスをかけた厳ついメンバー達が厳つい高級車で次々にプールを後にする光景は滅多に見られない光景であった。


その夜も綺麗な月が出ていた。誠二はその月を眺めながら、今日はプールにまで行っておきながら結局あやの素肌には触れられなかった事で悔恨の念にかられる。だがあんな状況では仕方がないし、これからいくらでも機会はあるだろうと前向きに考える事にした。こういう気持ちの転換も以前の誠二では考えられらない事であった。


誠二はあやの事を想いながらも夏休みの課題にも頑張って取り組んでいた。

結構量が多いので手こずってはいたが何とか大半を終える事が出来た。そんななか国語の課題で読書感想文だけが残っていたのだが誠二が選んだ一冊の本は恋愛物語であった。

その本は歴史小説で身分の違う二人の恋物語である。二人は同郷でありながら身分の違いに翻弄されなかなか思うように事が運ばない。だが恋を成就させるべく必死にもがき苦しみ足掻いているといった内容だ。誠二は今の俺と似ているな~と自分の人生に照らし合わせて楽しく読んでいたのだが、途中で雲行きが怪しくなった時読むのを止めた。結末を知るのが怖かったのである。寧ろ知りたくなかった。身体は少々逞しくなっても相変わらずメンタルは弱い。こればかりはどうする事も出来ないのだろうか、持って生まれた性なのかと落胆している自分を恥じたがどうしてもこれ以上読む事は出来ない。十代の若者の純粋な気持ちの葛藤が如実に現れたのであろう。


そうこうしていたら或る日あやから電話が掛かって来た。

明日の夕方家に来いと言うのである。ちゃんと車で迎えに行かせるからと、それだけを告げて電話を切る。

誠二と比べてあやは相変わらず元気だった。

誠二も下らない詮索はせずにただ嬉しくなり胸が弾んでいた。


あやの家には幼い頃一二度行った事はあったがもう十年以上も前の事ではっきりとは覚えていなかった。

家に辿り着くと目を疑うような立派な豪邸で庭には榊や松の樹々に牡丹の花、大きな庭石に池まである。そこで啼く鈴虫の声と実に風流な光景であった。

「お疲れやす」という挨拶を受けて部屋に案内されるとそこでは盆が開かれていた。

これも生まれて初めて見る光景であった。


「さあ張った! よござんすか? 勝負!」と威勢のいい声を上げているのはあやだった。

あやはまだ高校生でありながら壺振りまでしたいたのだ。

身体には晒しを巻いて入れ墨も見えている。長い髪をアップにして渋い鋭い表情をしたあやが壺を振っている姿はカッコ良かった。改めて誠二はあやに惚れ直したという気持ちになった。

勿論誠二は丁半博打には参加せず後ろの方で観ているだけである。

暫くして親分らしき貫禄のある人が入って来る。この人があやの父親なのだろうかと思ったがあやのサイ振りが余りにも綺麗で見事だったので他の事はそれほど気にならなかった。


一勝負終わりあやが壺振りを後任に変わろうとする時事件は起きた。

チンピラ風の客の一人が「イカサマだ!」と叫んだのである。

「お客さん、変な言いがかりはよして下さいな、うちは真っ当な勝負をする事で売ってんですから、他のお客さんの迷惑にもなりますし」

とヤクザ映画で聞いたような尤もらしい文言を口にするあやと中盆、だが次の瞬間文を付けたチンピラが光るドスを抜いた。

その刹那あやは廻し蹴りを一閃してチンピラを瞬殺した。

そしてチンピラは奥へ運ばれて行き恐らくはヤキを入れられるのであろう。

あやは何時もと同じように全く動じる様子はない。

若い衆達が駆け寄って来てあやを気遣う。

「お嬢、大丈夫ですかい!」

「私はなんともねえから心配するな、それより他の客人達は大丈夫か? ちゃんと見てやってくれよ」

「へい、分かりやした!」


すると今まで黙って見ていた親分らしき人が初めて口を開く。

「あや、見事だった」と。

やはりあやの父親だったのだ。

壺振りは後任の若い衆が担う事になり盆は再開される。

その後あやと誠二は別室に誘われた。


親分とあや、そして誠二の三人が一つの部屋に一堂に会する。

誠二は緊張していた。





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