第123話 2つの光

 セリカが踏んだ氷の足場は、その役目を果たすと粉々に崩れキラキラと宙に溶けていった。

 高空にも怯まず、セリカは氷剣を振り下ろす。

 まるで金属がぶつかる音に眉をひそめると、同時に頭上から振り下ろされる爪を剣で防いだ。


 (重いっ!!)


 ドラゴンの強烈な攻撃は、セリカを地上へと吹き飛ばしてしまう。急いで体勢を立て直そうとするも、慣れない空中では思ったように動くことができなかった。

 地面はすぐそこだ。迫る危険を回避しようと慌てるセリカの体が急に浮いたのは、その時だった。


 「見てられないな、まったく」

 「夜凪ノンティス!」


 地面ギリギリのところで止まったセリカの体がほのかに光っている。それは、夜凪ノンティスを纏う光の色と同じだった。


 「ありがとう夜凪ノンティス。助かった。」

 「相手は空を飛ぶドラゴンだ。空中戦ができないと話にならないよ。」

 「足場の氷を維持し続けながら戦うのは難しいんだ。」

 「仕方ないな。だったら僕の力を付与してあげるよ。」


 そう言うと、夜凪ノンティスは自分のおでこと、セリカのおでこをくっつけた。微風がふわりと前髪を揺らした時、セリカは自分の体の変化に驚いた。


 「体が羽みたいに軽くなった!」


 思わずその場でジャンプする。すると、セリカの体は重力を無視したかのように時間をかけてその場に着地した。


 「風の力を借りて空中に居る時間を長くすることができるのさ。さらに、足元に風の土台を生成し高くジャンプすることもできるんだ。といっても――」


 得意げな顔で説明する夜凪ノンティスには目もくれず、セリカは大きくジャンプをしてみせる。そして空中で自由自在に体を動かして見せた。


 「おぉぉ!!これはすごい!」


 その様子に、夜凪ノンティスは思わず目を見張った。


 「といっても、エレメントが風精霊シルフじゃない人間はコツを掴むのが難しいかも、って言おうと思ったんだけど・・・。驚いた、すぐに動けるなんて。」

 「空中を自由に動けるなんて風精霊シルフの力はすごいな!」

 「それだけじゃないよ。僕の力を利用すればこんなことも――」


 そう言うと両手をふわりと上げる。するとセリカの体が浮き、上空へと誘われた。


 「わわっ!!」

 「さっきの感覚を思い出して。あまり体をバタつかせないように。」


 セリカは言われたように力を抜く。すると体が安定し、そのままゆっくりと空中に立った。


 「僕がフォローする。だから思う存分戦っていいよ。」

 「分かった、ありがとう!」


セリカはいつものように踏み込むと勢いよく飛び出した。瞬間に発現した氷剣を水平に薙ぎ払うと、ドラゴンの叫び声とともに鮮やかな鮮血が吹き出す。

 さらに攻撃を続ける。素早く体を反転させ大きくジャンプすると剣先に力を込めた。

 セリカの動きを予想した夜凪ノンティスは指をはじく。するとセリカを纏っていた光が消え、浮力を失った勢いそのままに剣をドラゴンへと突き刺した。

 暴れるドラゴンは口から光弾を放つ。再び光を纏ったセリカは華麗にその攻撃を躱し続けた。


 「地上と空中という全然環境が違うフィールドなのに、まったくそれを感じさせないね。普通の人なら剣を振り回すことだって難しいはずなのに。」


 夜凪ノンティスが感心する視線の先で、セリカは風の力を自由に操る。

 まるで本当に羽が生えているかのように風に乗ったセリカはドラゴンの頭上へ飛び出すと、無数の氷のブロックを勢いよく落下させた。

 激しい攻撃に氷煙が揺れると、ドラゴンは明らかに動きを鈍化させた。


 「どうだっ!」


 凍える空気に吐く息が白い。確かな手応えにセリカは手のひらをぎゅっと握りしめる。

 霞がかる視界の先から低く唸る声が聞こえた時だった。急激に気圧が下がり、旋回する風が勢いを増していく。中心へと吸い込む風にセリカの体は大きく傾いた。

 霧散した視界には、羽を激しくばたつかせるドラゴンの姿があった。その威力は地上で空を見上げるジンすらも足を取られるほどだった。


 「くっ・・・!セリカッ!!」


 瞬く間に現れた旋風つむじかぜに巻き込まれたセリカは、すでに視界にはいない。さらにドラゴンは旋風つむじかぜに向かって勢いよく猛炎を吐いた。

 旋風つむじかぜは轟轟と空へ昇る炎の竜巻へと姿を変える。空気すらも焼き尽くすほどの高温を噴出させながら、それはどんどんと膨らみ大きくなっていった。その中心にいれば、人間など骨さえも残らないだろう。


 「なんて破壊力だよ・・・あれがあいつの力だっていうのか。」


 冷や汗か吹き出した汗なのか。荒々しく額を拭いながら、ジンは急いでセリカの姿を探す。その時、一羽の鴉が炎の竜巻から飛び出したのが分かった。体から煙を漂わせた人影をその背に乗せ、鴉は夜凪ノンティスの元へと降りたった。


 「焔鴉カウ!セリカは!?」


 背に乗せていたセリカを下ろすと、焔鴉カウはその嘴で控えめに突いてみせる。


 「セリカしっかりして!セリカッ!」


 体から燻る煙を払い、夜凪ノンティスは風を送る。セリカのリボンが微風に揺れた時、ゆっくりと目が開かれた。


 「ノンティ、ス・・・カウ・・・?」

 「大丈夫?焔鴉カウが助けてくれなかったら、焼き尽くされていたよ。」

 「・・・焔鴉カウ、ありがとう。呼ぶ時間なんて無かったのに来てくれたんだな。」


 焔鴉カウがコクリと頷くと、ゆっくりと立ち上がったセリカは頭をフルフルと振った。


 「結構ダメージは与えているはずなんだけど、全然効いてない。あんなやつとどうやって戦えばいいんだ。」

 「あのドラゴンは魔獣の中でも上位クラスの存在だ。そんな簡単には追い払えないだろう。でも、僕たちなら・・・。」

 「何か策があるのか?」

 「僕たちを直接使うんだ。」

 「直接、使う・・・?」

魔術師ウィザードは僕たち精霊を使役して魔法を使うだろう?このプロセスで魔法の形は多様に変化するんだけど、僕たちはセリカに使役されているわけではない。主人は別にいるからね。だから存在そのものを魔法として使うんだ。」

 「主人?」

 「うん。これはあまり知られていないかもしれないね。そもそも魔法を発現する時、その力を主に担うのはその人間の想いに呼応した1体の精霊なんだ。」

 「1体?」

 「絶対じゃないけどね。魔法が安定しない幼少期は何体もの精霊が力を貸すし、突発的に放つ膨大な魔法の時は他の精霊も加わることもある。ただ、人間が魔術師ウィザードとして成長することでその想いに共鳴した精霊はさらに魔法力を強めることができるんだ。そしてこの人間を主人と認め、自分の真名まなを教えてもいいとゆるし教えることで、その精霊の力を限界まで発揮させることができるんだ。」

 「焔鴉カウを使役しているソフィアに教えてもらった。真名とは精霊の使役じゃなくて支配だって。精霊自らが全てを委ね受け渡す親愛の証拠だって。」」

 「主人の想いに呼応したとしても、真名を知るのはそう簡単じゃない。精霊の力っていうのは人間が思っている以上に強力で恐ろしい力なんだよ。精霊単体では力を具現化できないけど、もしそれができるのなら、人間なんてこの世から居なくなっているだろうね。」

 「精霊の力・・・」

 「まぁ、セリカにはこれからその僕たちの力を直接使ってもらうんだけどね。」

 「え?でも精霊は単体では魔法を具現化できないって・・・」

 「本来ならね。でもセリカはもうやってるじゃないか。」

 「え?」

 「焔鴉カウと一緒に戦っているだろう?焔鴉カウから聞いたよ。」

 「焔鴉カウ・・・お前喋れるのか?」

 「ウム」

 「し、喋った!今まで声を聞いたことがなかったのに。」

 「・・・口下手でな。」

 「そ、そうか!声が聞けて嬉しいよ!」

 「ウム」

 「ちょっと、話の続きをしていい?」

 「あぁ、すまない。私の戦い方の話だったな。それは普通のことじゃないのか?」

 「普通の魔術師ウィザードは無理さ。僕たち精霊の力を直接使うっていうことは、媒介せず魔法を発現するということだからね。膨大な魔法力を必要とするし、使えたとしても魔法力の器がすぐに枯渇して使役どころじゃなくなるだろう。でもセリカには魔法力の器が無い。」

 「・・・」

 「でも僕たちは魔法を変化させることができない。だからセリカの直接的なイメージと指示が不可欠だ。それに今までは焔鴉カウの1体だけだったけど、僕も参加する。2体の精霊を同時に使うんだから体力はもちろん、目まぐるしく変わる戦況への見極めも必要となる。」


 セリカは思わず息を飲む。初めて焔鴉カウと一緒に戦った時は無我夢中だった。その後、あまりの強大な力の反動に死を意識したのだ。クーランが命がけで助けてくれなかったら確実に死んでいただろう。


 「2人はそれでいいのか?私は2人の主人でもなんでも無いのに。」

 「僕たちの主人はセリカを認めはこに力を注いだ。それだけで君は信用に値する人物だ。ジンはリタを助けれくれたセリカに、心の底から感謝していたしね。」

 「私に精霊を使う力があるのか?」

 「それはセリカ次第だ。でも、こんなことで怯んでいたら自分の精霊なんて取り戻せないよ?」


 挑発するように夜凪ノンティスは上目遣いで見上げる。


 「期待していいよ、精霊たちの力を。それに精霊同士で戦うのは初めてだから、少しワクワクもしている。」


 夜凪ノンティス焔鴉カウがコクンと頷く。そんな2人を見て、セリカの目に光が戻ってきた。

 その時、空から雄叫びが響く。興奮したドラゴンは今にも飛びかかってきそうな勢いだ。


 「準備はいいかい、セリカ。」

 「あぁ!ただ、1つだけ・・・。」

 「なんだい?」

 「私は2人を使うという表現はしたくない。だから2人とも・・・力を貸してくれ!」


 夜凪ノンティス焔鴉カウは顔を見合わせる。そして思わず笑みをこぼした。


 「なるほど。精霊が心を擽られるはずだ。」


 力強く空を見据えたセリカの隣で、疼く熱情を発散するかのように、朱色と浅葱色がさやかに光を放った。

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