第117話 動き出す 時
「味方を、殺したのか・・・?」
突然の展開にセリカの反応は一足遅れる。
ゾクリとする気配を背中に感じた時、アシェリナの怒号が響いた。
「盾をっ!!」
アシェリナはセリカから盾を受け取ると、クラルトに向かって剣を振り下ろした。
「邪魔しないでくれないか、アシェリナ・ブライドリック。今は君に興味はない。」
「そんな冷たいこと言うなよ。小娘相手より楽しませてやれるぜ。」
「寝言は寝てから言えよ。もうお前の魔法力の器は空じゃないか。」
「!?」
クラルトの攻撃を紙一重で避けたアシェリナは汗をぬぐった。
(こいつ・・・なぜ、魔法力の器が空だと見抜いた・・・?)
アシェリナを一瞥したクラルトの視線は再びセリカに向けられる。
「ちっ!!行かせるかよっ!」
追いかけるように飛び出したアシェリナに、クラルトは苛立ちを隠さなかった。
「しつこい!」
「っ・・・!?」
凄まじい威力で放たれた魔法を咄嗟に盾で受け止めたアシェリナは困惑する。それは、四精霊のどれにも当てはまらない属性攻撃だったからだ。
(石が反応していない・・・?何だこいつの魔法は・・・!?)
感じたことのない気配にアシェリナは距離を取り剣を構えた。
「お前、何者だ。どうしてその女を・・・。仲間じゃないのか?」
「言ったじゃないか。俺はおしゃべりな女は嫌いなんだよ。」
「ふざけるな。そんな理由で仲間を手にかけたのかよ。」
「お前こそ何を言っている。俺たちに仲間なんて概念は無い。奴らはただのコマさ。」
シトリーを腕に抱くファルナがピクリと動いた。
「その女は俺が造った作品を勝手に使って壊したんだよ。成功した実験体は貴重だというのに余計なことをしてくれたよね。」
「実験体・・・?
「そうさ。人間と精霊を混ぜ合わせる作業は繊細でね。ちょっとした思考のズレや感情の揺らぎが検体に影響するのさ。
完全な
たとえ、こいつらが霊魔を使役しているからといって、俺の開発した技術がなければ主従関係も築けない。調子にのるからそんなことになるんだよ。」
「お前っ・・・!」
アシェリナは再びクラルトをめがけて飛び出す。しかし、そこにはすでにクラルトの姿はなかった。
「消えたっ!?」
「違う。お前が遅いだけだ。」
「なっ・・・!」
みぞおちに拳がめり込む。意識を失ったアシェリナはとうとうその場に倒れ込んだ。
「今のお前に魔法を使う価値もない。」
「ア、アシェリナッー!!」
すかさず氷剣を振り上げたセリカの攻撃は、しかしクラルトの指に容易に弾かれた。
「っ・・・!」
「はじめまして、姫。俺はクラルト。クラルト・ルドムシークだ。君の名前を教えてくれないか?」
「お前に名乗る名などない!」
「つれないなぁ。これから君と僕はとても深い仲になるかもしれないのに。」
「うるさいっ!」
セリカはもう片手に炎剣を発現させると、クラルトをめがけて切りつけた。しかしその攻撃はやはり容易く遮られた。
「へぇ、本当の
氷剣を手にしたセリカはクラルトを薙ぎ払う。しかし、鋭い切っ先がクラルトに触れようとした瞬間、スカイブルーの氷剣が色を失い、クラルトをすり抜けてしまったのだ。
「け、剣が・・・!」
「おや、ずいぶんと軽いね。」
「何が起きたんだ?消されたというより性質が変化した・・・?」
「ふぅん、勘もいい。ますますおもしろいね。」
余裕を見せるクラルトにカッとなったセリカは氷剣を穿つ。しかし結果は同じだった。クラルトの体を貫くはずの剣は、再び色を変え無力化されてしまったのだ。
「くそっ!」
今度は両手で炎剣を握る。真っ向から切りつけた攻撃を再び受け止めたクラルトは意外そうな声を出した。炎剣は氷剣のように消えなかったのだ。
「あれ、こっちは
思わぬ手応えにセリカは渾身の力を込める。するとクラルトは笑みを浮かべ、ぐいっと顔を近づけた。
「君は俺が探していた子だ。君の名を呼びたい。教えてくれないか?」
「断るっ!」
「そんなことを言わないで――」
剣を握るセリカの腕にクラルトの手が絡みつく。対峙していたはずなのに、いつの間にかクラルトはセリカの背後に回っていた。
まるで蛇のようなその動きと感じたことのない不気味な気配。セリカは思わず身動きが取れなくなってしまった。
「できれば、君の口から名を聞きたいな・・・。」
固く閉じられたセリカの唇にクラルトの指が這う。歪むそれにクラルトの唇が近づいたとき、思わぬ衝撃が2人を襲った。
爆風で大きく体勢を崩されたセリカと違い、クラルトは微動だにせずその方向を向く。そしてニィと口角を上げた。
「気安く触らないでいただきたい。」
「やっぱりきたね、ゼロ。」
そこにはゼロが立っていた。眉間には深いシワが寄っている。
「危ないじゃないかゼロ。何をそんなに怒っているんだい?」
「遊びすぎです。そろそろ
「待ってよ。面白いものを見つけたんだ。」
クラルトは後方に吹き飛ばされたセリカに視線を向ける。
「もしかしたら、彼女は俺たちが探していたキーパーソンかもしれない。」
「・・・なら、
そう言いながらセリカのそばに移動したゼロは、その腕を強く引っ張った。
「来い。」
「お、お前は・・・!」
ゼロに気づいたセリカは掴まれた手を振り払った。
「お前の・・・お前のせいでっ!」
荒廃した学園は見るに堪えなかった。今日1日で、どれだけ多くの人が傷つき涙しただろう。その主犯格であろうその人物を、セリカはキツく睨みつけた。
表情を変えないゼロに手元にあった瓦礫を投げつける。直撃したにも関わらずそれでもゼロは眉一つ動かさなかった。
「どうして学園を・・・!何が目的なんだ!?お前は一体何をしたいんだっ!」
「来い。お前を
その言い方に違和感を抱いたセリカだったが、その正体は掴めぬまま再び腕を引っ張り上げられる。
「放せっ!お前の言うことなんて聞かないっ!私は、絶対にお前を許さないっっ!!」
その時、初めてゼロの表情が歪んだ。それはとても僅かな変化だったが、悔しそうに唇を噛み眉をひそませた。
その表情にセリカの脳裏にある情景が思い浮かんだが、それはクラルトの言葉により遮られた。
「ゼロ、彼女は連れて帰らないよ。」
「な、なぜですか・・・!?」
「まだその時ではないからだよ。彼女はまだ未完成だ。今 体を開いても無駄に殺すだけ。せっかくのチャンスを逃すわけにはいかないからね。」
「この人物は我々を妨害する存在になるかもしれません。今のうちに手を打っておいたほうがいいのでは!?」
「それならそれで利用価値は上がるさ。」
「でも――!」
「俺がいいと言っているんだ。」
ゼロの体が揺れる。クラルトの視線にゼロは引き下がるしかなかった。
2人の会話の内容を理解できなかったセリカは、どうにかゼロから逃れようと必死に力を込める。しかし、さらに強い力で引っ張られたとき、目の前にあるゼロの瞳には歪んだ自分が映っていた。
「これ以上、精霊を取り込むな。」
懇願するような小さな声だった。突如、拘束されていた腕が開放されセリカは突き飛ばされる。しかし、それは意外にもセリカを気遣った柔らかい力だった。
見上げると、すでにゼロの視線はセリカから外れている。
「クラルト、戻りましょう。」
「えぇー、もう?まだ遊び足りないよ。」
「無効化した結界が再び構築されました。モタモタしていたら完全に閉じ込められますよ。」
「緋色の魔女とシャノハか。相変わらず邪魔な奴らだな。」
そしてセリカの方に向き直るとパチンとウィンクを投げかけた。
「今日はここまでのようだ。次に会うときはもっと魅力的になった君を見せてほしいな。」
その背にはいつの間にか漆黒の扉が開いている。手を振りながらクラルトはその扉の先へと吸い込まれていった。
「ファルナ。」
ゼロの呼びかけにファルナは立ち上がった。腕にはシトリーの亡骸を抱いている。
「オレは、シトリーを弔ってから戻る・・・」
「・・・分かった。」
そう言うと、ゼロも漆黒の先へと消えていく。セリカには見向きもしなかった。
敵の気配が完全に消えるのを確認したセリカは、思わずその場に座り込んだ。そして手のひらを凝視した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・、何だったんだ、あいつは。感じたことのない不気味な空気だった。それに、氷剣が・・・。」
最後まで口に出すことは憚られた。でないと、今まで自分の信じてきたヴァースキの
「そうだ!アシェリナッ!」
視界には倒れたアシェリナがいる。急いで駆け寄ったセリカの元にミトラが走ってきた。
「セリカさん、大丈夫ですかっ!?」
「あぁ、私は問題ない。それよりアシェリナを頼む。すぐに治療をしてやってくれ。」
「もちろんです。彼が居なければ被害はもっと甚大だったでしょう。すぐに病院へ連れていきます。」
「任せた。」
「セリカさんはどこへ!?」
「あっちの方向にまだ嫌な気配を感じるんだ。まだ敵が残っているのかもしれない。私はそこへ向かう。」
「・・・分かりました・・・。」
「ミトラ?」
何か言いたげなミトラにセリカは顔をのぞきこんだ。
「・・・いえ。今はそちらが優先ですね。行ってください、セリカさん。僕は会長として指揮に戻ります。」
「そうだな。ミトラにしかできないことがたくさんあるもんな。じゃあ行ってくる。」
「お気をつけて!」
勢いよく駆け出したセリカを見送ったミトラは戸惑いを隠せない。
「この件が片付いたら、あなたと話をしなければならない。それに・・・」
遠くから様子を見ていたミトラは、クラルトの姿に強い衝撃を受けていた。
「なぜあの人が・・・」
ミトラのつぶやきは砂埃を含んだ風にとけていく。そして応援を呼ぶために急いでインカムのスイッチを入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます