第116話 真っ赤な恋慕

 戦闘は激しさを増している。

 攻撃を瞬発的に捌き、かつ鋭い角度からカウンターを狙うセリカは確実にシトリーの体力を削っていた。

 もちろん、シトリーも負けてはいない。魔法力を消耗し戦う魔術師ウィザードと、魔法力の関係ない咎人とでは圧倒的に咎人の方が有利なのだ。

 しかしシトリーの表情に余裕はない。どれだけ大技を繰り出してもセリカへの決定的な一打とならないからだ。


 (この小娘っ、反撃のスピードが確実に上がっている!!それに、火精霊サラマンダーの使い方に慣れてきている――っ!!)


 水精霊ウンディーネを使った攻撃を中心としていたセリカが、火精霊サラマンダーを使った攻撃のパターンを取り入れるようになりシトリーはますます苦戦を強いられるようになっていた。

 予めイカゲから得た情報とは違うセリカの力に、シトリーは持っているエレメントキューブを投げつける。

 幾つもの水球が同時に激しく爆発した時、はじめてそれが水のエレメントキューブだったと気が付いた。

 しかしその攻撃もセリカの火精霊サラマンダーによって簡単に消えてしまった。


 (チッ!こいつ、戦闘で成長するタイプか!)


 何度でも向かってくるセリカに嫌気がさした時、突然セリカの攻撃が止む。セリカが向かった先には、うつ伏せに倒れ、動けなくなっているアシェリナの姿があった。


 「ハハハッ!魔術師ウィザードの英雄さんも、そろそろ限界みたいだな。」


 その前に立っているファルナは勝ち誇ったように笑った。

 あやふみを皮切りに、操られたオクリタやファルナとの戦いはアシェリナの体力と魔法力を大きく消耗させていたのだ。


 「アシェリナッ、大丈夫か!?」

 「くっ・・・!ちくしょう・・・」


 さらに投げつけられたエレメントキューブが勢いよく爆ぜると、セリカはアシェリナを庇うように水柱を発現し続けた。

 ファルナの隣にシトリーが並ぶ。

 2人の咎人を前にセリカの表情に焦りがあらわれた。

 それを敏感に感じ取ったのだろう。現状、足手まといとなってしまったアシェリナがセリカに差し出したのは自身の魔術具だった。


 「セリカ、これを使え。」

 「これは、盾と剣・・・?」

 「盾で吸収した魔法力を剣に転換できる道具だ。自分のElement《エレメント》を土台にして吸収することができる。簡単に使える代物ではないが、お前だったら使えるかもしれない。」


 重量感のある盾と剣は随分と年季が入っている。無骨なそれは、まるでアシェリナそのもののように見えた。

 セリカが盾と剣を握る。しかしそのまま動かないセリカにアシェリナは顔をのぞきこんだ。


 「アシェリナ・・・私にこれは使えない。」


 セリカには珍しい覇気のない声だ。


 「あぁ、確かに扱いは難しい道具だ。でも――」

 「いや・・・。私はElement《エレメント》を持っていないから・・・本質的にこれは使えないと思う。」

 「・・・は?Element《エレメント》を持っていない、だと・・・?」


 セリカは申し訳なさそうにコクリと頷いた。


 「どういう――」


 そこに暴風が巻き起こる。セリカはアシェリナを守るように覆いかぶさった。


 「ちょっと、あの小娘は私が殺すのよ。手を出さないで、ファルナ!」

 「なに言ってんだよ。お前圧されてたじゃねーか。」


 カッとなったシトリーはセリカに向かって飛び出した。セリカは咄嗟に盾を握りシトリーの凄まじい連弾を受け止める。


 「お前さえいなければっ!!」


 シトリーの攻撃は止まない。しなやかな四肢から放たれる重い打撃はセリカに反撃のスキを与えなかった。

 握るエレメントストーンから炎を噴出させると、その火力を増幅させて投げ飛ばした。

 慌てて避けたセリカの背後から細い腕が伸びる。なめらかに動く指がセリカの首に絡まると、容赦のない力で締め上げられた。

 ライトパープルで施された長く鋭い爪が柔らかい皮膚に食い込み、セリカは思わず身をよじる。


 「楽に殺してやらないわ。苦しみもがきなさい。」


 シトリーの手から再び炎が現れる。勢いよく燃え上がる豪炎にセリカは内側に力を込める。するとセリカ自身が水の膜に包み込まれた。


 「こいつ、自分に魔法を・・・!?」


 シトリーの手からすり抜けたセリカは大量の水の矢を発現させる。一直線に向かってくるそれを、シトリーは同じように大量の炎の矢を発現し応戦した。

 力はほぼ互角。

 ぶつかった魔法は派手に爆発し、辺り一帯は水蒸気によって視界を悪くした。

 それでも2人は止まらない。視界不良の中、お互いの位置を的確に探り出し絶えず魔法をぶつけ合う。拮抗する2人の戦いは次第に熾烈を極めてきた。

 はずみで持ってきてしまったアシェリナの盾は、ぎこちない動きながらもセリカの手におさまっている。

 しかし、盾に埋め込まれている石は少しの変化も見せてはいなかった。


 「石の色が変わらない・・・。本当にあいつはElement《エレメント》を持っていないのか・・・?」


 セリカは盾を使いながら氷の剣を振りかざす。そして隙を窺いながら火の攻撃を繰り出した。その動きは文字通り魔術師のようだった。


 「なんて戦い方だよ・・・むちゃくちゃだ。」

 「ねー。セリカって本当にわけわかんないよね。」

 「驚かないんだな。お前はセリカのことを知っているのか?」

 「んー知らないよ。会ったのも今回で2回目だし。でも、前に会った時は水精霊ウンディーネしか使ってなかったけどなぁ。」

 「じゃあ、先天的に2つのElement《エレメント》を所有しているわけじゃないってことか・・・。」

 「火精霊サラマンダーの扱いにも慣れているって感じじゃなさそうだしね。まぁ、セリカってちょっと得体の知れないところがあるから。あの時も、その原因を探るために捕まえようとしてたんだろうなぁ。」

 「えらい他人事だな。目的も分からずセリカを追っていたのか?」

 「先導しているやつがさ、全然何も話してくれないんだよ。すっごいセリカに固執しているってのはわかるんだけど。何に対しても無関心でクールなヤツなんだけど、セリカだけに反応するんだ。そりゃあ興味も湧くってもんだろ?」

 「モノ好きなやつだな。だが、結局セリカのことは分からないってことか。」


 依然2人の鬼気迫る戦いは続いている。しかし、僅かだがシトリーが圧されつつある。そろそろ決着をつける時だろう。


 (お前はセリカの秘密を知っているんだろうな、ゼロ。そしてすべての行動は、セリカを救うためなんだろ?)


 ファルナはエレメントストーンを握る。そしてそのままアシェリナの前に立った。


 「そろそろシトリーに加勢するか。ということで、さよならだ、おっさん。」

 「くっ・・・」

 「アシェリナッ!」


 アシェリナの危機を視界に捉えたセリカが動く。しかしシトリーはそれを許さなかった。


 「お前の相手は私よ。」

 「――っ!!」

 「大人しく殺されなさい。そうすればゼロは私のものよっ!」

 「お前たちの目的はなんだっ!ゼロという男とお前たちは仲間じゃないんだろう!?」

 「確かにゼロは私たちとは違う。それでも私はゼロの遂行することを支えたいだけ。それにはお前が邪魔なのよ!」


 シトリーは燃え盛る拳を振り上げた。セリカはそれを盾でしっかりと受け止める。


 「お前たち、子どもたちを狙い連れて行こうとしていただろう!」

 「ええ、それも今回の計画の1つらしいわね。虚空界ボイドも人手不足でね。優秀な咎人を生み出すためには新鮮な子どもが必要なのよ。」

 「くっ・・・!!」

 「でも今回の目的はそれだけじゃないわ。魔術師ウィザードの中枢となる4つの魔法域レギオン代表を殺すことで世界の統制を乱し、私たちの優勢を確立することよ。各部隊がそれぞれの目的対象へと散り、同時に襲撃するという綿密な計画のもとに実行されたのよ。

 魔法域レギオンの中で優れた人材や設備を併せ持つこの学園を廃墟と化し、流通の供給を停止することで効率よく他の魔法域レギオンを弱体化させることができるってこと。」


 悦に浸るシトリーにファルナは舌打ちをうった。


 「バカか、あいつは・・・しゃべりすぎだ。やっぱり霊魔イカゲは咎人に似たんだろうな。」


 しなるように伸びるシトリーの蹴りをセリカは薙ぎ払う。


 「そんなことはさせないっ!もう誰も犠牲にはさせないっ!!」


 豪炎が舞う。握っていた氷剣が燃え盛る炎剣へと姿を変えた時、セリカはそれを思い切り振り下ろした。


 「ギャァァァッッ!!」

 「シトリーッッ!!」


 あっという間に炎に包まれたシトリーにファルナは慌てて水のエレメントストーンを投げつけた。


 「大丈夫か、シトリーッ!!」

 「う・・・うぅ・・・」


 シトリーは自分の姿に愕然とする。艶のある自慢の髪、お気に入りの生地で誂えられた服、シミ一つないきれいな肌、それらがすべてボロボロだった。


 「あ・・・あぁぁっ・・・!!」

 「シトリー落ち着けっ!」

 「離せっ!・・・殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!!こいつだけは絶対に許さないっ!」


 あまりの強い殺気にセリカは思わず後ずさる。セリカに向かって一直線に飛び出したシトリーだったが、突如その動きがピタリと止まった。見ればファルナも目を丸くして立ち尽くしている。

 不審に思ったセリカが2人の視線を追うと、そこには黒ふちのメガネをかけた長身の男が立っていた。


 「ク、クラルト、さま・・・」

 「なぜあなたがここに・・・」


 シトリーの怒りが急速に鎮まっていく。その代わりにひどく怯えた様子に急変していったのだ。

 クラルトと呼ばれる男はセリカをジッと見つめている。その目は、新しい玩具を見つけた子どものようにキラキラとしていた。


 「クラルト様っ!その娘はゼロの・・・いえ、私たちにとって障害となる存在です。すぐに私が殺しますのでっ!」


 男の視線は変わらない。興味津々にセリカを見ている。


 「クラルト様のお手を煩わせるほどの者ではございません。私にお任せ――」

 「うるさいよ。」


 その時、突然シトリーの背中から血が吹き出した。その場に倒れるシトリーを慌ててファルナが抱き起こす。


 「シトリーッッ!?」

 「くっ、は・・・」

 「な、なんで・・・なんでっ!」


 手をかけたシトリーに見向きもしないクラルトに、ファルナは鋭い視線を向ける。


 「俺、おしゃべりな女は嫌いなんだよね。」


 さらにクラルトはクイっと指を動かした。するとシトリーに大きな衝撃が加わり体がビクンと跳ねた。


 「ガ・・・ッ・・・!」

 「シトリーッーー!!しっかりしろっ!!」

 「ゴッ・・・フ・・・!な、んで・・・ゼロじゃ、ない、のよ・・・なん、で、あんた、なの、よ・・・。」

 「シトリー・・・!」

 「ふ、ふ・・・あんたも、そん、な顔、できたのね・・・。この腕が、ゼロじゃないのは、気に、いらないけど、あんたなら、まぁ、いいわ・・・。」

 「シトリー・・・?シトリーーッッ!!」


 シトリーの艶やかな羽織が真っ赤に染まる。血に濡れたシトリーの体をファルナは力いっぱい抱きしめた。

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