第115話 残酷な事実

 「一緒になることにしたんだ。」


 驚いたのは結婚の報告ではない。学生時代から公認カップルとして有名だった2人が、将来を誓う合うことは予想していたし、何よりも彼女を大事にしてきたのは昔からよく知っている。

 それよりも衝撃的だったのは、臆面もなく彼女の腰に手を回し、幸せそうな様子で笑う友人の姿だった。


 当時の実戦バトルクラスには『暁の水蛇』と『夜凪の一閃』のツートップがその名を轟かせ、他の追随を許さぬその実力は他の魔法域レギオンにも知れ渡るほどだった。

 在学中であるにも関わらず上級魔術師ハイウィザードの試験をパスし、高難易度クエストを軽々とクリアする2人は教師たちにも一目置かれる存在だった。


 その内の1人であるジンは、物音ひとつ立てず霊魔を一瞬で殲滅するという『夜凪の一閃』の通り名を背負い活躍していた。

 その慈悲の無い冷酷な戦闘スタイルは身内からも恐れられていたが、端正な顔立ちと衒いのない態度が女子の間で人気となり、共に学生時代を過ごしてきたクロウにとっては疎ましい存在でもあった。


 いい加減で無頓着さが目立つヴァースキと、しっかり者で頑固なジン、お調子者だがどこか憎めないクロウ。

 主に戦闘技術を学ぶ実戦バトルクラスは気の緩まない殺伐とした雰囲気であり、加えて常に命を懸けるクエストに身を置くジンたちにとって、この3人で居る時はどこか肩の力を抜くことができる貴重な時間だったといえる。


 そんなジンに長く付き合う彼女が居ることは知ったクロウは、嫌がるジンにしつこく問いただし、やっとのことで紹介してもらえることになった。

 仏頂面のジンが紹介したのは、リタ・ガナシアスという小柄な少女だった。

 腰ほどにも伸びる柔らかな髪はゆるいウェーブ状で、小動物を思わせるアーモンド形の目がとても印象的だった。

 男性なら思わず守ってあげたくなる容姿に大人しい子なのだろうとクロウは握手を求めた。


 「はじめまして、リタ。俺はクロウだ。よろしく。」


 差し出された手にリタは一瞬の躊躇を見せる。おとなしい上に人見知りか?と口角を上げるクロウに小さな手が触れると、思いがけない力で握り返されたのだ。


 「いっ――!」

 「リタ・ガナシアスです。お噂はよく聞いているわ、クロウ。お会いできて光栄よ。」


 その姿から想像もつかない力にクロウは目を丸くする。リタはニッコリとクロウに笑いかけた。

 その様子に口を挟んだのはヴァースキだ。


 「クロウ、見た目で判断するなよ。リタの実力は俺やジンより上だぞ。」

 「こ、こんな小さい女の子がお前たちより強いってっ?!――ってあだだだだ!!」


 握られた拳が捻り上げられ、クロウは思わず悶絶する。


 「ふふ、この容姿に勘違いされるのは慣れているわ。」

 「いてててっっ!!いい加減、手を離してっ!!」


 リタが力を緩めるとクロウの手はジンジンと痺れ赤くなっていた。


 「この子が、ジンの彼女!?」

 「付き合いは俺たちより長いそうだ。そして完全にジンは尻に敷かれている。」

 「余計なことをいうな、ヴァースキ。」


 眉をひそめながらもジンは否定しない。いつもより口元が緩んでいる様子に彼女との親密度が見てとれた。


 どうやらヴァースキは彼女の存在をクロウより前に知っていたのだろう。きっとヴァースキも最初は驚いたに違いない。それほどにリタとの初対面は衝撃的だった。


 後にリタのことはすぐ知ることになる。

 容姿端麗で頭脳明晰なリタは学園内でも目立つ存在だった。誰に対しても分け隔てない自由な彼女は男子生徒にはもちろん、女子生徒からも人気があった。

 そしてそんな彼女と一途に思いを寄せ合っているジンたちのカップルは、誰もが憧れる存在だったのだ。


 「どーりで、告白の数はヴァースキの方が多いはずだ。あんな完璧な2人を見たら、間に割り込もうなんて輩はなかなか現れんよ。」

 「かぞえてるのかよ、お前。」


 頭の後ろで手を組み、空を見上げるクロウの隣には呆れた声を出すヴァースキが居る。


 「ヴァースキは彼女を作らないのか。お前なら選び放題だろう。」

 「ふん。俺は女も子どもも苦手だ。」

 「そうか、男がいいのか。」

 「あほか。」


 笑うヴァースキにつられてクロウも笑った。

 上級魔術師ハイウィザードとして戦いに身を置くヴァースキとジンにとって心身を休ませる場所は必要だろう。

 ジンにとってリタがそうである。リタの前でジンはとても優しい顔になるのだ。

 友人に癒える場所があることは単純に安心するとクロウは思う。そしてこの隣にいるぶっきらぼうな友人にもそのような存在、もしくは振り回してくれるほどの人物が現れてくれることを少なからず願っているのだ。


 (俺が実戦バトルクラスから医療メディカルクラスに転科する前に・・・なんて、無理な話だろうな。)


 まだ友人たちには伝えていない自分への可能性。

 どれだけ親しい関係でも同じ道を歩き続けることなんて出来ない。枝分かれする選択肢はいつだって孤独で自由なのだ。



 ジンから結婚の報告を受けた数か月後。挙行されたささやかで温かいジンとリタの結婚式は誰をも笑顔にした。

 学生時代は冷静沈着でクールなジンだったが、すっかり角が取れ優しい顔つきになっている。

 万物は流転する、とクロウはしみじみと思ったのものだ。

 選択し続けた先の道を共に歩こうと決めた2人に、クロウは単純に羨望の眼差しを向ける。

 リタの妹であるフルソラと出会ったのもこの時である。小柄な姉に比べ細くしなやかな躯体を持つフルソラを、クロウはキレイだと思った。

 そして幸せそうに微笑み合う2人がとても眩しくて、クロウは思わず目を細めたのだ。



 実戦バトルクラスから医療メディカルクラスに転科したクロウはすぐに頭角を現し、医療メディカルクラスの上級魔術師ハイウィザードとして活躍していた。


 そんなある日、学園内にあるクロウの研究所に血相を変えたジンが突然駆け込んできたのだ。

 何事かと詳しく聞けば、リタが何一つの痕跡も残さず忽然と姿を消したという。

 あまり感情を表に出さないジンが、この時ばかりは焦りや憂いを隠しもしなかった。

 その頃から、人が突然姿を消す現象が各地で頻発しはじめていた。

 サージュベル学園も大々的に解決への情報を求めるように策定され、クロウももちろん協力した。

 自分の使える伝手や技術を駆使し、あらゆる方面から情報を求めた。が、思うような結果はなかなか得られなかった。


 リタを探しに出たジンは8日間帰らなかった。しかし9日目に不承不承と帰ってきたのは上級魔術師ハイウィザードとしての依頼を強制されたからだ。

 一刻も早くリタを探しに行きたいというジンの仕事は迅速かつ粗暴になっていく。 

 連合ユニオンから質の低下を指摘されたジンは呆気なく上級魔術師ハイウィザードの地位を辞したのだ。

 最愛の妻よりも優先される上級魔術師ハイウィザードの肩書はジンにとって邪魔なものでしか無かったのだろう。


 ジンは些細な情報でも我先にと足を運んだ。だが、真偽も分からない情報で闇雲に動くより、信頼度の高い最新の情報を把握できるからと再び教師として学園に属することを選択する。そして時間を作っては、リタを探し続けているのだ。

 しかし時間が経てば経つほど情報は薄く霞がかっていく。


 リタが消えて4年経った今でも有力な情報は得られないままだった。



――――――



 クロウは目を細める。でもそれはあの幸せな2人を見た時のように決して眩しかったからではない。周囲に舞う砂ぼこりのせいで見通しが悪くなっていたからだ。

 眉間にシワを寄せ目を凝らす。霞んで見えるその先には小柄な女性が立っていた。

 まさかと思った。しかしその一瞬の躊躇は、ジンが1歩踏み出すのに十分だったのだろう。


 「リタッッ!!!」


 駆け出すジンにフルソラが続く。


 「リタ姉さんっ!!」


 走り出す2人の後ろでクロウは違和感を抱かずにはいられなかった。


 (今までどれだけ探しても見つからなかったのに、どうしてなんだっ!?どうしてに現れたっ!?)


 砂煙が晴れる。そこにはニッコリと笑い両手を広げるリタの姿があった。

 クロウの不安は的中する。


 「待て、ジンッ!!離れろっ!!」


 瞬時にフルソラの前に飛び出したクロウは防護壁を張り爆撃に耐える。

 リタの両手から生み出された水撃は迷いなくジンたちに向けられたのだ。

 咄嗟に攻撃を避けたのだろう。クロウたちの隣にはジンが呆然と立っている。


 「リ・・・タ・・・?」


 クスクスと笑うリタは消息を絶ったあの時と何も変わっていないように見える。

 しかし、向けられる冷たい視線とぶつけられる殺意はジンとフルソラの心を縛るには十分だった。


 クロウは走り出す。そして再び浴びせられる攻撃を一身に受け止めた。


 『なぁ、クロウ。通常霊魔ノーマル融合霊魔ヒュシュオたちから混ぜられたものを分離する方法はないのか?』


 クロウの頭に先ほどジンと会話した内容がよみがえる。


  『1度混ぜられたものを元の形に戻すなんて無理に決まっているだろう。現段階で霊魔を分離する方法なんて考えもつかないさ。楽に殺してやるのが唯一できることだろうよ。』


 (万物は流転・・・しすぎだろっ!!)


 勢いよく頭を振ったクロウは、後方で呆然とするジンとフルソラに声を掛ける。それがどれだけ惨い内容だろうと、きっと2人は既に気付いているだろうから。


 「ジン、フルソラ。融合霊魔ヒュシュオが一体。討滅対象だ。」


 唇を噛む。努めて冷静を装うクロウだが、後ろを振り返る余裕は無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る