第113話 還る霊魔

 「シトリー。お前、今回の作戦は不参加だったろう、というか・・・謹慎処分じゃなかったっけ?

 勝手に柱石五妖魔スキャプティレイトであるイカゲを動かして、結果、あいつらに殺されたってことでの責任で。」

 「イカゲは元々私の霊魔よ。自分の霊魔を使って何が悪いのよ。」

 「あの方の前でもそんな減らず口が叩けるのかよ。それでゼロがどんな目に遭ったか知らないわけじゃないだろ?」

 「っ・・・!でも、仕方ないじゃない・・・。もとはと言えば、ゼロが全然、相手に、してくれないから・・・。」

 「イカゲのやつが色々な情報をゲロっちまったおかげで、しわ寄せがこっちにも来てんだよ。」

 「あいつらを皆殺しに出来なかったのはあんたの実力でしょ、ファルナ!責任転嫁しないでよ。」

 「ふん、これから殺すんだよ。特にアイツだけは許さねー。」

 「あいつって・・・アシェリナ・ブライドリックのこと?っていうか、あんたあの双子の霊魔は?」


 鋭い殺気が肌を刺す。いつもと違うファルナの様子にシトリーはいち早く気付いたようだ。


 「・・・そう。あの子たち殺られちゃったの・・・。じゃあ、私と一緒ね。」

 「・・・一緒にすんじゃねーよ。」

 「そうね・・・あんたと傷の舐め合いなんて願い下げよ。」

 「魔集石ましゅうせきを支給されてねーのに戦えるのかよ。俺のは貸さねーぞ。」

 「要らないわよ、あんなもの。私はあの女をこの手で殺さなきゃ気が済まないのよ。

 あんたこそ、霊魔無しであの英雄とか言われている奴と戦えるの?」

 「はっ!余計なお世話だよ。策はある。利用されっぱなしは癪に障るからな。」

 「ふぅん。くれぐれもこっちの邪魔はしないでよ。」

 「こっちの台詞だよ。」


 2人は互いの標的ターゲットに向かって同時に飛び出す。ファルナの剣をアシェリナは真正面から受け止めた。


 「土精霊ノームで硬化した剣か。すべてのエレメントを使えるなんて、その魔集石ましゅうせきってやつは随分便利だなっ!」


 反動を利用して押し返したはずなのに、ファルナはそれを容易く薙ぎ払った。


 (こいつ、力が・・・!?)


 「今までの俺と同じだと思わないでほしいね。結界の中には限られた塵幼精フォルベルしか無かったけど、ここには無限の原子があるんだ。」


 そう言うとファルナは魔集石ましゅうせきを振り上げた。

 細かく震える粒子が集まり、石は少しずつ鮮やかさを増していく。


 「魔法力の器という制限があるお前たちと比べてこっちは無限なんだよ。1つのエレメントしか使えないくせにエラソーにするんじゃねーよ!」


 ファルナは鋭い風の鎌を振り下ろす。頭上で受け止めたアシェリナは短く息を吐きだした。


 「ALL Element 風精霊シルフ


 詠唱を口に乗せただけで空気が大きくうねる。それはまるで大地が息吹いているようだった。


 「颶風メナス


 重い空気が一瞬で黒く渦巻く。

 水精霊ウンディーネの上級属性魔法が放たれたと錯覚するほどの冷たい空気を吸い込んだファルナは思わず膝をついた。


 「な、なんだ・・・体が・・・重い・・・」


 顔を上げることができない。まるで肺が水に浸かったかのように呼吸がすることができないのだ。


 「オレの風を吸い込んだな。」

 「くっ・・・!」

 「すぐに息が止まる。てめーは終わりだよ。」


 そう言うとアシェリナは足早にその場を後にした。

 残されたファルナは必死に呼吸をしようと首に爪を喰い込ませた。


 (うそだろ・・・っ、一瞬で・・・!?これがあいつの魔法・・・英雄の実力というのかよっ・・・!)


 脳裏に蘇ったのは2人の笑顔だ。


 「・・・あ・・・ゃ・・・ふ・・・み・・・!」


 このままでは済ませるわけにはいかせない。あの子たちは自分に魂を委ね霊魔になったのだ。

 震える手の中でカチャリと石が鳴った。


――――――――――


 (は、速いっ・・・・!!)


 シトリーの炎はイカゲ以上の火力と熱量だった。

 長身でしなやなか躯体から浴びせられる攻撃にセリカは手も足も出せずにいる。

 反撃に転じようとも、すぐに姿を眩まされ予期しない場所からカウンターを受けるのだ


 「影が多いっ・・・!」


 イカゲは影を移動していた。ならば周囲の影に気を配ればよいが、瓦礫と化した建造物は現場に多くの影を造り出していた。

 思考を阻止するように流れる攻撃は、確実にセリカの体力を削っていく。


 その時だった。巨大なつむじ風がシトリーを空へ巻き上げたのだ。


 「アシェリナ――!?」

 「なにをちんたらとやっているんだ。」

 「あいつは影に隠れたり移動したりするんだ。だから攻撃が――」

 「ならばこうすればいいじゃねーかよっ、っと!」


 そう言うと、アシェリナはさらにセリカを空へ舞い上げた。


 「わっ――!ちょ、なにを――!」

 「影が厄介ならフィールドを空に移せばいいだろう。空に影はねー。」

 「ま、まて!私は風精霊シルフは使えな――」

 「じゃあ、てめーのエレメントで空中戦にもっていけ。」


 無茶なことを、とセリカは瞬時に足場に氷を造り出す。

 戦闘における瞬時判断には自信があった。それはあのヴァースキと幾度と戦ってきた経験から培われたものだろう。

 氷を蹴りシトリーに太刀を浴びせると、再び氷の足場に着地した。


 「ほぅ、やっぱりおもしろいな、あいつ。」

 「ぐっ――!!ちょっと、ファルナはどうしたのよっ!?」

 「オレがここにいるのが答えだよ。」

 「まさか・・・!あいつ、もうやられたのっ――!?」

 「とっとと片付けるぞ。合わせろセリカ!」

 「・・・へ?」


 両側からの攻撃を狙ったアシェリナの攻撃はしかし空振りに終わる。セリカが反応できなかったからだ。


 「なっ――!合わせろって言ったろうが、このボケがっ!」

 「き、急に言われても動けるわけがないだろうっ!」

 「あぁんっ!?共闘の経験がねーのかよ!」

 「ない。戦闘はいつも1人だった。」

 「ちっ・・・!ミトラに教育課程カリキュラムを見直しさせねーと。」

 「アシェリナは休んででいいぞ。ここは私がやる。」

 「は?なにを言っている。2人でやった方が早いだろうが。」

 「さっきから早く終わらせようとしているのはその顔色の悪さが理由だろう?」

 「!」

 「少しずつ呼吸が早くなっている。無理はしない方がいい。」


 気付くわけがないと思っていた。戦闘において自分が弱っていると見せるのは命取りだからだ。

 常に戦いの場に身を置いていたアシェリナにとって、それはまばたきををするかのような自然の振舞だったはずだ。


 (こいつ――!!)


 背筋がゾクリとした。胸の内から湧き出る高揚にアシェリナは思わず拳を握る。

 しかしそれは長くは続かなかった。飛び出したセリカの先で、シトリーがニヤリと笑ったからだ。


 「そうよね!そんな簡単に殺られるわけないわよねっ!!」


 セリカも気付く。アシェリナの背後で研ぎ澄まされた殺意が光ったからだ。


 「アシェリナッ!」


 背後からの攻撃を受け身なく浴びたアシェリナは思わず振り返る。そこには足に風精霊シルフを纏わせたさファルナが立っていた。


 「おま――な、んで――」


 ファルナの肺部分にキラリと石が光る。それは淡い浅葱色あさぎいろをしていた。


 「風精霊シルフの・・・」

 「あぁ、ElementStone《エレメントストーン》だ。肺に埋め込んで、吸い込んだあんたの魔法を中和させてもらった。」

 「おまえ、死ぬぞ・・・。」

 「死なねーよ。ここにはそれをも凌駕する2人の『絶望』がある。」


 ファルナは指で肺を指さした。


 「『絶望』だと・・・」

 「あやふみを霊魔として開花させた原動力は2人が積み重ねた『絶望』だ。2人が死んでそれが俺に還ってきた。ここには俺たち3人分の負の糧がある。

 咎人はな、負の感情が多ければ多いほど強さを増すんだよ。お前を殺すまで膨れ上がる負の感情がある限り、俺は死なねー。いや、死ぬわけにはいかないのさ。」


 治癒魔法をかけようとするアシェリナに、ファルナは即座に連撃を振りかざす。それを受け止めたのはセリカだった。


 「くっ・・・!」

 「やぁ、久しぶりだね、セリカ。あの森以来かな。」


 力が強い。ファルナの不敵な笑みにセリカは剣を両手に持ち直した。


 「こうやって話すのは初めてだよね。俺はファルナ。あの時はゼロが独占しちゃったからね。」

 「ゼロ・・・?あいつも来ているのか?」

 「うん、来てると思うよ。だって今回の計画主はあいつだからね。」

 「一体何が目的だっ・・・!!」

 「さぁね。あいつが考えていることなんて分からないよ。そもそも、あいつは俺たちの仲間なんかじゃないから。」

 「え・・・?」

 「それより、俺だけに構っていていいのかな?」


 左脇に衝撃が走る。炎を纏わせたシトリーの蹴りはセリカを吹っ飛ばした。


 「私を無視しないでくれない?戦う場所が地上じゃなくても関係ないのよ。」


 シトリーの背には炎の羽が発現されていた。蝙蝠のような薄い羽をわずかに震わせると長い髪を手で払い風に躍らせた。


 「お前のElementは元々、火精霊サラマンダーだったもんな。」

 「昔のことなんて忘れたわ。それより、霊魔の力が還った咎人を侮りすぎよ。」


 炎の障壁にアシェリナの剣が激しくぶつかる。剣に埋め込まれている石は爛爛と濁った色をしていた。


 「厄介な武器ね。」

 「いいだろう?扱える者がほとんど居ない希少レアもんだぜ・・・。」

 「そう。でも、その扱う魔術師ウィザードも、そろそろ限界みたいね。」


 アシェリナは瞬時に盾を身構えた。横からファルナの攻撃が飛んできたからだ。


 (ちっ・・・・!さすがに2人相手はキツイ――!)


 鈍くなったアシェリナの様子に追い打ちをかけるように、ファルナとシトリーはタイミングよく攻撃を重ねていく。

 ギリギリで凌ぐアシェリナの隙をファルナは見逃さなかった。


 「しまっ――!!」

 「死ねぇっっ!!!」


 鋭く硬化した剣がアシェリナの体を突き抉ろうとした瞬間、渦巻く業火が2人の間に迸る。

 あまりにも深い熱波にファルナとシトリーは距離を取らざるを得なかった。

 業火から飛び出してきたセリカは、アシェリナを庇うように身構えると氷剣の切先を突き付けた。

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